若きスティーブンの悩み
ある日、「LOVE BRAVE」全員が、トロント市内の某カフェの隅のほうの席に座っている。フィルが、スティーブンに話しかけた。
「メンバーみんなに来てもらうということは、何か大きなことを伝えたいのかな」
スティーブンが口を開いた。
「大きなことと言うとおおげさなんですけど、俺、幾つか不安なことがあるんです」
デビューしてまだ日の浅いスティーブンの言葉に、他のメンバーは少しだけ眉間にしわを寄せた。フィルが問い出した。
「というと?」
「はい。まず、俺のギタープレーとかパフォーマンスが、父のそれらのコピーで終わってしまわないか。それと、いろいろな面で父と優劣を付けられるのがすごく怖い。父のことはすごく尊敬してるし、大好きだし、憧れなのは確かなんですけど…」
スティーブンが打ち明ける悩みの連続に、フィル、ヒューゴ、ジミーは難しい顔をしている。
「それから、プロのミュージシャンになって環境が激変して、業界に付いていけなくなって挫折しはしないか、それが不安なんです」
彼も悩み多き10代半ば。他のメンバーは、少しばかり沈黙にふけって考えたあと、フィルが切り出した。
「スティーブン、君は単なる『ティムの代役』じゃない。れっきとした『LOVE BRAVEのギタリスト』なんだ。だから、今はお父上の完コピでも、少しずつ『スティーブン色』を出していけばいいんだ」
ヒューゴもうなずき、付け足すように言った。
「ああ、フィルの言うとおりだ。おまえはギタープレーもパフォーマンスも、父親のDNAを確実に継いでいる。でも、おまえにしかないものも備えている。それらを人々の前で見せるのを、何も恐れることはない」
「そうなんですね」
ジミーも言った。
「そうさ。おまえが持ってる個性をライブやメディアで発揮すれば、天国のお父さんもうれしくなるだろうよ」
仲間たちの話を聞いて、スティーブンの顔が少し明るくなった。
「何か…すごく納得しました」
フィルが再び話し出した。
「それにスティーブン、僕らは音楽面で君とお父上との間に絶対に優劣は付けないって、スタッフとかPEARLたちと約束しているんだ」
「ええっ、本当ですか」
3人はうなずいた。
「おまえと父親とで優劣を付けたって、どっちのため、いや、誰のためにもなりゃしない」
ヒューゴがさらりと言うと、ジミーも続けた。
「自分もそう思う。だから、おまえはもっと自信持ってステージではっちゃけていいんだよ」
スティーブンはその目に少しばかり輝きを取り戻し、前方の3人を見つめた。
「自分らしさを出していいんですね…!」
フィルが答えた。
「そういうことだ」
ほかの2人もほほ笑みを浮かべている。
「あと、音楽業界っていうのは、ああいった環境が普通なんだ」
「俺たちも、20代のときは焦ってたし、ガチで解散寸前のときもあった。でも、気付いたら、環境に慣れていろんな変化にも対応できるようになってた」
「きっとおまえも同じようになるよ、スティーブン。気付いたら、慣れてるものさ」
ジミーが言うと、フィルが締めくくった。
「家族やスタッフ、そして僕たちメンバーが、おまえのそばに居るからね」
フィルが力強くうなずくと、ヒューゴとジミーも同じアクションをした。すると、スティーブンは潤んだ目を拭った。
「フィル兄さんたちがそう言ってくれて、俺、迷いがなくなりました。これからもっと頑張れそうです。フィル兄さん、ヒューゴ兄さん、ジミー兄さん、本当にありがとうございました!」
そして、一人一人と握手を交わした。
(こいつは、もう既に『LOVE BRAVE』に必要不可欠な存在だ)
3人の心は、一緒だった。
頑張れ、スティーブン・シュルツ。
作品名:若きスティーブンの悩み 作家名:藍城 舞美