[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち
残念王子
「ねぇ…君は本当に美しいよね。」
茶色い巻き毛の美しい女性は、その言葉に頬を赤らめて、笑顔を返す。
「だから、君に声をかけられてさ、今度こそ本当に恋ができるのかなって思って付き合ったけど…全然ときめかないんだ…。」
(!?)
短めの金髪を風にさらさら泳がせながら、長身の男が美女と向き合って小首を傾げる。
「なんでかなぁ?」
(いや、それ本人に訊いたらダメでしょ!)
無邪気に『体の関係は持ったけどおまえに興味ない』宣言をしているこの男が、私が仕えている主だ。
「しっ…知らないわよ!」
パンッと小気味良い音が響き、美女が走り去る。
私に背を向けた状態の主は、自分の頬に手を当てると小さく呟いた。
「いてー。」
そして、傍に控えている愛馬に話し掛ける。
「リンちゃん。頬っぺた赤くなってない?マルにまたバカにされちゃうよ。」
(もうすでにバカにしてます。)
私は近くの樹上から、一部始終を見ていた。
主の愛馬は頬っぺたを鼻でつついたあと、ヒヒンと小さくいなないた。
「かわいいなぁ、リンちゃんは!癒される♡」
主はその首に抱きつくと、愛馬のたてがみを撫でてやる。
(全く反省してないな、こいつ。)
「心がときめくって、どんな感じなんだろうね。」
主は愛馬に跨がると、ゆっくりと歩き出した。
(今日はこのまままっすぐ帰るかな?)
私は特殊な道具を使いながら、主に見つからないようにつき従い、時に馬より早く走る。
私の主は18歳の王子。
仕え始めて2年になるけれど、誰もが見惚れる容姿なので黙ってても女性が寄ってくる。
そして来るものを拒まない性格なので、恋する前に関係が深まり、そして飽きて相手にそのままストレートにそれを伝えて、今みたいになる。
(数えきれないほど繰り返してるんだから、学習しなさいよ、少しは。)
「西日が眩しいなぁ。」
そう呟くと、何を思ったか山道に入っていく王子。
(もうすぐ陽が落ちるのに、山道は危険でしょ!ほんとにこいつはどうしようもないピーマンだな!)
私は慌てて後を追いかける。
「あ、ほら、木が遮って西日が眩しくない。」
(西日が眩しくて山道かよ!)
「せっかく山に来たから、母上に花を摘んで帰ろうかなぁ。」
(いや、さっさと山を下ってくれ!)
「昔、爺やに教えてもらった、母上がお好きだったっていう花が群生している場所があるんだ。リンちゃん、つきあってくれる?」
そして、どんどん山奥に入って行く。
(もーっ!)
私は辺りを警戒しながら、陰から護衛した。
しばらく進むと、急に開けた場所に出て、王子の言う通り色とりどりの花が咲き乱れている。
「あ、これこれ。ちょっと待っててね、リンちゃん。」
王子は馬から飛び降りると、いそいそと黄色い花を摘み始めた。
その時だった。
狼の群れがこちらへ忍び足で寄ってきている様子が、樹上で警戒する私の目に入る。
(5匹か。)
私は腰に忍ばせた手裏剣を両手に構えると、気配を消して樹上を移動した。
そして狼たちを射程圏内にとらえた瞬間、樹上から一気に手裏剣を放つ。
正確にそれぞれの眉間に刺さり、狼たちはあっという間に痙攣しながら泡を吹いて倒れた。
私は下に降りると、毒を塗った手裏剣で自らを傷つけないように、死んだ狼たちから慎重に回収していく。
そして樹上に戻ると、王子は何事もなかった平和な空気を身にまといながら下山しようとしていた。
辺りはすっかり闇に包まれようとしている。
「真っ暗になってきたね。急がなきゃ!マルに怒られちゃう!」
(もうすでに、怒りは沸点に達してます。)
「近道しよう、リンちゃん!」
そして脇道に逸れるバカ…あ、いや、…うん、やっぱり、バカ王子…。
(そっちは山賊の縄張りだってば!)
私が翔ぶように樹上を走り、王子の前に出ようとしたその瞬間。
王子は体格の良い、10人の男たちに取り囲まれた。
(ちょっと人数が多いな…。)
「金持ってそうな兄ちゃんだな。金と馬を黙って置いてったら、命は取らねえよ。」
すると王子の瞳がふっと細められ、今までのゆるい空気が一気に鋭い殺気へと変化する。
初めて見るその姿に、樹上の私は飛び出すタイミングを逃した。
その殺気をまとった姿があまりにも美しくて、思わず見惚れてしまったのだ。
男たちも、王子の意外な姿に戸惑いを隠せない。
「遊んであげてもいいけど、命の保証はしないよ。」
再び放たれた凄まじい殺気に男たちが怯んだ瞬間、王子は馬上からひらりと身軽に飛び降り、腰の剣を素早く抜く。
そして一気に間合いを詰め、目の前の男に斬りかかった。
王子の綺麗な顔に返り血が飛び、頬を汚す。
私は、慌てて樹上から王子の前に飛び降りた。
「マル。」
「日暮れに山に入るなんて、いい頭してますね、王子。」
怒りを押し殺した笑顔で王子をふり返ると、うんざりした様子で王子がため息を吐いた。
「また尾けてたんだ、悪趣味~。」
身にまとう凄まじい殺気と裏腹の、ゆるい口調で気が抜けそうになる。
「とりあえずここからは私の仕事なので、王子はこのまま、まっすぐ、さっさと、城へお帰りください。」
王子は剣の血を払うと、鞘に納めてリンちゃんに跨がる。
「そ。んじゃよろしく~。」
そして、気の抜けたゆるい口調のまま、手をふる。
だけど次の瞬間、その口調とは真逆に、愛馬を大きく嘶かせ、攻撃的に高く跳ね上げさせ男たちを蹴散らす。
そして退路を切り開くと、一気に走り去った。
私は、王子を追おうとした男に手裏剣を放って足止めする。
「ほらほら、あんた達の相手はこっちだよ!」
手裏剣の毒がすぐにまわったのか、男が震えながら膝をつく。
「…おまえ…しのび…か?」
言いながら泡を吹いて倒れ、数回痙攣すると息絶えた。
「うわぁぁぁぁぁっっ!!」
残りの男たちが、一斉に後ずさる。
「ばっ、バカ野郎!忍っつってもこのガキひとりじゃねぇか!全員で行けば仕返しできっぞ、こら!」
散り散りに逃げようとする配下を、頭と思われる男が怒鳴り捕まえる。
男たちは覚悟を決めたように頷き合うと、こちらへ向き直り、ぐるりと私を取り囲んだ。
そして雄叫びをあげながら一斉にとびかかってくる。
けれど、私は踊るようにくるりと一回転する間に、男たちを次々と忍刀で斬り裂いた。
刀をすんでのところで避けた頭には、毒手裏剣を投げる。
数秒で、私の周りから人はいなくなり、木々の葉音だけが聞こえた。
けれどその爽やかな音に不似合いな、鉄と脂が入り雑じった不快な臭いがあたりに立ち込めており、吐き気がする。
私は口元を襟に巻いた黒い布で覆い、忍刀の血を祓った。
早く王子を追いかけたいけれど、この遺体をそのままにしておくわけにもいかない。
痕跡を残さないように、この遺体を処理する必要があった。
一人で10人はさすがに大変だけれど、やらざるを得ない。
私はとりあえず、毒手裏剣を回収し、ひとりひとりの遺体を細かくし、燃やして彼らの痕跡と存在を消した。
これも、忍として大事な仕事だった。
作品名:[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち 作家名:しずか