青春スプレヒコール
「青春スプレヒコール」
1
楽しさが生まれたら、悲しさも生まれる。
笑いが生まれたら、涙も生まれる。
出会いがあれば、別れもある。
私が生きてきたここまでの十五年間はまさに、そんな人生だった。
「良いことがあれば、悪いことがある」
しかし、神様は私に対して少し意地悪だ。
きっと、私もこんな人生を送ってはいるのだろう。
だが、神様は私の人生の良かったところではなく、悪かったところをに明るいスポットライトを当てようとする。それで、私の心が癒えて明るくなるはずも無いのに。
そんな不愉快な悪戯に耐える私は、強者だろうか。いや、弱者だ。
実際、そんな悪戯よりも現実のほうがよっぽど酷いものだ。
結局は、現実から逃げようとしているだけ――そんな事は分かっている。
でも、私は初めの一歩がなかなか踏み出せずにいた。
そんな事を考えている間でも、現実は容赦ない。決して止まることの無く、ただ月日は流れていくのだ。
ただ、私はこの事実に自然と満足をしてしまっていたのだろう。
それに伴って、小学生の頃に「世界一の女優になりたい」とか夢物語を語ってはいた私が、今となっては「ただ何事もなく時間が過ぎてくれればいい」と思うようになっていた。私が言うのも可笑しい話だが、本当に不思議なものだ。
ネガティブシンティング――その言葉では説明できない程、私の【季節】は黒一色に染まっていた。
教室が騒めき出す終業式。そして、明日以降のここはこの騒めきがまるで嘘だったかのように静けさを出すのだ。
「通知表どうだったの」
「五が八つ、四が四つ、あとは三と二」
私――月島咲良にはこの様な会話が出来る友達などいない。いたとしても……
「月島さんは、通知表どうだったの」
それは、窓際で孤独な生活を満喫していた私を妨害するような一言だった。正直、このクラスメイトは私に対してさほど好感を持っていない。恐らく、このクラスの大多数の人間がそうだ。
私は無言のまま、「オール五」の通知表を突きつけると彼はこう言い放った。
「凄いな、月島さん……。オール五なんて。僕なんか安定のド平均だよ」
彼の見せた通知表には綺麗に「三」「四」という数字が書いてあった。何処を探しても「二」なんて数字は見つからず、中の上だよ、と言ってもいいはずなのに、少し遠慮しているようにも見える。
彼の名前は、春日伸路。通知表にそう書いてあった。
意外なことに、春日は私がまるで神様であるかのように褒めて称えて来たのだ。
確かに、この通知表は高校に進学して始めて受け取るものだ。私の成績を知らないのも頷ける。
「……いやいや、そんなに凄くないです。良いからすぐに帰ってください」
何故か敬語口調になっていた私は春日にそう言って促すと、
「じゃあ、後で。話があるから残ってて」
捨て台詞を吐くと、春日はその場から立ち去った。
「はい、皆さん――早く席について」
担任の上野先生が言う。彼女は比較的若い数学教師で、容姿も女優などと比べても遜色ない。かつて女優を夢見た私なら、嫉妬という言葉で表せない程の感情を生むのも、あり得ない話ではないだろう。ただ、彼女の授業は大変分かりやすく、生徒からの評判も良い。私は、そんな彼女を心から慕っていた。
皆が席につき、騒めきが消えると彼女は話を始めた。
「次の登校日は夏休み明けの終業式の日ね。全校朝礼で頭髪点検もあるから、そこは気にしておいてね。……でも、成績不良者は学習会があるから、来週以降も登校すること。いいね?」
上野先生が、成績不良者にとっては鬼のように言い放つと当然のように、その人達は「嫌だ」「助けて」という罵声を飛ばす。成績という面以外で弱者に立っている私の縮図のように。先ほどまで神様扱いされていた私ですら、彼女を神様のように尊敬していた。きっと、彼ら――補習組もそうだろう。恐らく彼女を悪魔の如く認知していたのだろう。それが彼らの表情を見れば、無関係の私ですらも感づいてしまう程だった。
「大丈夫、私がたっぷり扱いてあげるから――よし、起立!」
その日の日直が「礼」と軽く挨拶をすると、先程の騒めきは数分にして無くなっていた。
私は普段なら騒めきが消える前に颯爽と教室から立ち去るのだが、今日は訳が違っていた。先述の通りである。
春日は、教室に二人しかいないことを確認すると、私の元に駆け寄ってきた。
「で、お願いは何ですか――春日君。早く帰りたいので手短に」
「僕の彼女役を演じてくれませんか」
突然、彼の口から言い放たれたその言葉に私は純粋に衝撃を受けた。しかも、私は意識的に他人との繋がりを絶ってきたそんな人間だ。どうせ虐めの一環だろう――そう思っていた。
「止めてくれませんか。恋愛とか興味ないし、他人との繋がりなんて求めてないので」
これが私の出した答えだった。【季節】など無い、モノクロの世界にいた私なりの答えだった。他人に認められる訳もない、勿論それも承知の上だった。しかし、彼は私の予想を軽く超えていた。
「ははは、面白い子だね」
彼の笑い方は良くも悪くも異常であり、まるで獣のようだった。ただ、私は彼の事はどうでも良かった。最も気になるのは、私との繋がり、益してや恋人になろう、と彼が求めているという事だった。
「本当にそういうの止めてほしいんで。大体、私と何で恋人になりたいんですか。私と出会った人間は必ず不幸になります、必ずです」
春日は少しだけ間を置いてからこう言い放った。
「そうか、語弊があったね。実は、僕も虐められているんだ」
「えっ」
私は思わず声を上げた。
「僕は演劇部所属で、今度文化祭である劇をやることになったんだ。その劇で僕は主役を希望していないのにも関わらず、部員たちが勝手に僕を持ち上げ、主役に決定させられた。つまり、一方的に。だから、君には僕を慰めてほしい。君が同じ境遇に陥っているからこそだ。二人なら怖くない。せめて、文化祭までの一カ月、君には我慢してほしいんだ。きっと、幸せにしてみせる。例え、君に出逢った人間が必ず不幸になるとしても。そんな法則、僕が覆してみせる」
「……分かった。ただ、劇のこと以外では私に関わらないで」
春日は「うん」と頷くと、私の方を向いた。
「連休明けの火曜日の十四時、食堂前」
私は、心にそっとメモをした。
成績が学年上位の私は所謂――補習というものを受けなくても無い。寧ろ、この成績でそれを受けたいです、なんて言うとあの先生は「やめてくれ」と素直に突っ込むだろう。無論、私がそんな台詞を口にするはずなど無い。
内心では「面倒臭い」と思ってはいたが、連休明けの火曜日の十四時――私は、約束の場所である食堂前にいた。
私の眼の前には春日がいた。彼のその手には台本らしき冊子を持っており、一緒に座っていた女子と私を合わせた三人分の紙パックが置かれており、二人は如何にも準備万端な様子で窓際のテーブルに腰を下ろしていた。
「どうも、春日君……ところで、隣の子は誰?」
「まあまあ、座って座って。月島さん」
私が向かい側に座るのを見届けると、春日は隣にいた女子の方の紹介を始めた。
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楽しさが生まれたら、悲しさも生まれる。
笑いが生まれたら、涙も生まれる。
出会いがあれば、別れもある。
私が生きてきたここまでの十五年間はまさに、そんな人生だった。
「良いことがあれば、悪いことがある」
しかし、神様は私に対して少し意地悪だ。
きっと、私もこんな人生を送ってはいるのだろう。
だが、神様は私の人生の良かったところではなく、悪かったところをに明るいスポットライトを当てようとする。それで、私の心が癒えて明るくなるはずも無いのに。
そんな不愉快な悪戯に耐える私は、強者だろうか。いや、弱者だ。
実際、そんな悪戯よりも現実のほうがよっぽど酷いものだ。
結局は、現実から逃げようとしているだけ――そんな事は分かっている。
でも、私は初めの一歩がなかなか踏み出せずにいた。
そんな事を考えている間でも、現実は容赦ない。決して止まることの無く、ただ月日は流れていくのだ。
ただ、私はこの事実に自然と満足をしてしまっていたのだろう。
それに伴って、小学生の頃に「世界一の女優になりたい」とか夢物語を語ってはいた私が、今となっては「ただ何事もなく時間が過ぎてくれればいい」と思うようになっていた。私が言うのも可笑しい話だが、本当に不思議なものだ。
ネガティブシンティング――その言葉では説明できない程、私の【季節】は黒一色に染まっていた。
教室が騒めき出す終業式。そして、明日以降のここはこの騒めきがまるで嘘だったかのように静けさを出すのだ。
「通知表どうだったの」
「五が八つ、四が四つ、あとは三と二」
私――月島咲良にはこの様な会話が出来る友達などいない。いたとしても……
「月島さんは、通知表どうだったの」
それは、窓際で孤独な生活を満喫していた私を妨害するような一言だった。正直、このクラスメイトは私に対してさほど好感を持っていない。恐らく、このクラスの大多数の人間がそうだ。
私は無言のまま、「オール五」の通知表を突きつけると彼はこう言い放った。
「凄いな、月島さん……。オール五なんて。僕なんか安定のド平均だよ」
彼の見せた通知表には綺麗に「三」「四」という数字が書いてあった。何処を探しても「二」なんて数字は見つからず、中の上だよ、と言ってもいいはずなのに、少し遠慮しているようにも見える。
彼の名前は、春日伸路。通知表にそう書いてあった。
意外なことに、春日は私がまるで神様であるかのように褒めて称えて来たのだ。
確かに、この通知表は高校に進学して始めて受け取るものだ。私の成績を知らないのも頷ける。
「……いやいや、そんなに凄くないです。良いからすぐに帰ってください」
何故か敬語口調になっていた私は春日にそう言って促すと、
「じゃあ、後で。話があるから残ってて」
捨て台詞を吐くと、春日はその場から立ち去った。
「はい、皆さん――早く席について」
担任の上野先生が言う。彼女は比較的若い数学教師で、容姿も女優などと比べても遜色ない。かつて女優を夢見た私なら、嫉妬という言葉で表せない程の感情を生むのも、あり得ない話ではないだろう。ただ、彼女の授業は大変分かりやすく、生徒からの評判も良い。私は、そんな彼女を心から慕っていた。
皆が席につき、騒めきが消えると彼女は話を始めた。
「次の登校日は夏休み明けの終業式の日ね。全校朝礼で頭髪点検もあるから、そこは気にしておいてね。……でも、成績不良者は学習会があるから、来週以降も登校すること。いいね?」
上野先生が、成績不良者にとっては鬼のように言い放つと当然のように、その人達は「嫌だ」「助けて」という罵声を飛ばす。成績という面以外で弱者に立っている私の縮図のように。先ほどまで神様扱いされていた私ですら、彼女を神様のように尊敬していた。きっと、彼ら――補習組もそうだろう。恐らく彼女を悪魔の如く認知していたのだろう。それが彼らの表情を見れば、無関係の私ですらも感づいてしまう程だった。
「大丈夫、私がたっぷり扱いてあげるから――よし、起立!」
その日の日直が「礼」と軽く挨拶をすると、先程の騒めきは数分にして無くなっていた。
私は普段なら騒めきが消える前に颯爽と教室から立ち去るのだが、今日は訳が違っていた。先述の通りである。
春日は、教室に二人しかいないことを確認すると、私の元に駆け寄ってきた。
「で、お願いは何ですか――春日君。早く帰りたいので手短に」
「僕の彼女役を演じてくれませんか」
突然、彼の口から言い放たれたその言葉に私は純粋に衝撃を受けた。しかも、私は意識的に他人との繋がりを絶ってきたそんな人間だ。どうせ虐めの一環だろう――そう思っていた。
「止めてくれませんか。恋愛とか興味ないし、他人との繋がりなんて求めてないので」
これが私の出した答えだった。【季節】など無い、モノクロの世界にいた私なりの答えだった。他人に認められる訳もない、勿論それも承知の上だった。しかし、彼は私の予想を軽く超えていた。
「ははは、面白い子だね」
彼の笑い方は良くも悪くも異常であり、まるで獣のようだった。ただ、私は彼の事はどうでも良かった。最も気になるのは、私との繋がり、益してや恋人になろう、と彼が求めているという事だった。
「本当にそういうの止めてほしいんで。大体、私と何で恋人になりたいんですか。私と出会った人間は必ず不幸になります、必ずです」
春日は少しだけ間を置いてからこう言い放った。
「そうか、語弊があったね。実は、僕も虐められているんだ」
「えっ」
私は思わず声を上げた。
「僕は演劇部所属で、今度文化祭である劇をやることになったんだ。その劇で僕は主役を希望していないのにも関わらず、部員たちが勝手に僕を持ち上げ、主役に決定させられた。つまり、一方的に。だから、君には僕を慰めてほしい。君が同じ境遇に陥っているからこそだ。二人なら怖くない。せめて、文化祭までの一カ月、君には我慢してほしいんだ。きっと、幸せにしてみせる。例え、君に出逢った人間が必ず不幸になるとしても。そんな法則、僕が覆してみせる」
「……分かった。ただ、劇のこと以外では私に関わらないで」
春日は「うん」と頷くと、私の方を向いた。
「連休明けの火曜日の十四時、食堂前」
私は、心にそっとメモをした。
成績が学年上位の私は所謂――補習というものを受けなくても無い。寧ろ、この成績でそれを受けたいです、なんて言うとあの先生は「やめてくれ」と素直に突っ込むだろう。無論、私がそんな台詞を口にするはずなど無い。
内心では「面倒臭い」と思ってはいたが、連休明けの火曜日の十四時――私は、約束の場所である食堂前にいた。
私の眼の前には春日がいた。彼のその手には台本らしき冊子を持っており、一緒に座っていた女子と私を合わせた三人分の紙パックが置かれており、二人は如何にも準備万端な様子で窓際のテーブルに腰を下ろしていた。
「どうも、春日君……ところで、隣の子は誰?」
「まあまあ、座って座って。月島さん」
私が向かい側に座るのを見届けると、春日は隣にいた女子の方の紹介を始めた。