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藍城 舞美
藍城 舞美
novelistID. 58207
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怖そうで怖くない怪談

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 これは、800年以上も昔の物語です。

 あるお坊さんが、1人の武士に物語を聞かせてほしいと頼まれました。彼に付いていった先はどこかの川原で、鎧姿の大勢の武者と、十二単らしき服装の姫君が数人座っていました。お坊さんは、琵琶を弾きながら悲しい物語を聞かせました。大柄でこわもての武将さえも、お坊さんの弾き語りを聞くうちに、ぽろぽろと涙をこぼしたそうです。

 彼の見事な演奏と語りに感動した武士たちは、明日の夜もこの場所で物語を聞かせてくれと言いました。お坊さんは武士の依頼を快諾したそうです。

 次の夜も、お坊さんは前の日と同じ場所で琵琶の弾き語りをし、武将や姫君を感動させました。次の夜もぜひ聞かせてほしいと、武将の1人が頼んできました。そのときも、お坊さんは快諾しました。

 しかし、集まった武将と姫君の正体は、さる名門の者の亡霊だったのです…!


 その夜は、普通でない出来事が起こりました。いつものようにお坊さんが弾き語りを始めてから10分ほどしたとき、男の赤ちゃんを抱いた若く美しい女性がその川原を通りかかったのです。彼女は茶色の瞳をしていて、柔らかい赤色の長い服に青いマント、そして頭には白く長い布という、変わった服装をしていました。男の赤ちゃんは、白い布にくるまれていました。

 お坊さんも、演奏していた手を止めて、その母子を見つめました。突然演奏をやめた彼に、武将たちは文句を言いだしました。
「おい、なぜ止める!」
「まだ終わっていないではないか!」

 そのとき、姫君たちは口を震わせて、輝く母子のほうを指差しました。
「おお、あれは…!」
 武将たちもその母子を見ると、口をあんぐりと開けました。
「あ…」
「おお…」

 お坊さんは何が起こったのかわからず、呆然としていました。やがて、武将の1人がその女性のほうを向き、震えながら座ったまま、礼をしました。
「哀れな…哀れなわれらに慈悲を…」
 彼の目には、涙が浮かんでいました。姫君たちもさめざめと泣きながら、慈悲を乞う言葉を口々に言いました。
「どうか、どうかわれらをお許しくだされ…」
「わらわたちは、ぜいたくに浸り、政治的な地位にこだわり続け、庶民には目を向けなかった…」
 赤ちゃんは、母親の腕の中でほほ笑んでいます。


 その子が無邪気に両腕を上げると…。武将も姫君も一人残らず、煙のような姿になって空へ昇っていったのでした。

 やがて、その女性がお坊さんに近寄ると、幼子が手を伸ばして、お坊さんの両まぶたをさわりました。すると、お坊さんの目はたちまち見えるようになり、その両目には輝く幼子を抱いている美しい母親が映ったのでした。

 ― それ以来、武将や姫君は現れなくなったそうです。

 しかし、亡霊たちを昇天させ、お坊さんの目を開いたあの母子は、いったい何者だったのでしょうか。


                                ― 完 ―