テケツのジョニー 5
オイラは場末の寄席のテケツに住むジョニーと言うサバトラの猫さ。オイラの飼い主は寄席で切符を売っている姉さんなんだ。オイラにはとても優しくてオイラも大好きなんだ。
寄席は基本休み無しで営業している。例外は大晦日だけ。これとて、翌日からの正月興行の準備で従業員は休み無しだけどね。
寄席は基本「噺家協会」と「噺家芸術協会」と言う二つの団体が十日間交代で興行をしている。この二つに所属していない噺家は出られないのさ。但し、大の月の三十一日だけは寄席を貸し出すので、その他の団体が借りれば出られる事もあるのさ。これを「余一会」と呼ぶ。先月の余一回は立山流の会が行われた。ここは結構人気者が居る団体なのでこの寄席も結構人が入っていたな。
寄席に住んでいると目が肥えると言うか下手でやる気の無い噺家の高座は聴く気も起きないが、実は金魚以外にもオイラが注目している噺家が居るんだ。そいつは何でも食べる仕草が抜群に上手い。噺は下手ではないが、特別上手い訳ではないのだが、食べ物が出て来る噺になると、俄然冴えを見せる。最初はオイラはピンと来なかったのだが、このあたりを縄張りにしている野良猫のパピヨンが
「たまには落語を聴かせてくれよ」
と頼んで来たのでオイラは
「ああ良いよ。でも噺の途中で鳴いたりしたら駄目だぞ」
と言うとパピヨンは
「判っているって。俺の方がお前より世間を知ってるんだぜ」
そう言い返えされてしまった。確かにパピヨンは世間の事を良く知っている。オイラが初めて寄席の外に出た時も、世間の事をオイラに色々と教えてくれた。何故パピヨンと言うのかと言うと耳が大きくて尖っているから、犬のパピヨンみたいだからだそうだ。元は飼い猫だったらしいが、飼い主が老人で亡くなってしまったらしい。それから野良になったそうだ。
そのパピヨンと一緒に高座を見ていたら
「こいつ、食べる仕草が抜群に上手いな。他は駄目だけどな」
そう言っていたのだ。それからオイラも注目して見ているのだ。
でも寄席に二つ目の噺家が出るのは半年に一回ぐらいだ。それも大勢の仲間と交代で出るので十日間でも二~五回ぐらいしかない。だから普段は他で高座に上がる機会を自分で作っているのだそうだ。
名前を三金亭大柳と言って二つ目になって八年目だそうだ。あと数年で真打の声が掛かる経歴なんだ。
大柳は大勢居る二つ目の中でも最近注目されて来たのか、寄席に出る機会が少しずつ増えて来たんだ。ウチでも二月に一度ぐらいは出るようになった。それも交代ではなく一人で十日間を任せられている。そんな状況を知ってパピヨンは
「ほら、俺が前に言った通りだろう。あいつは面白いよ。噺はまだまだだけどな」
そんな事を言って自慢している。
今日から始まる芝居でも大柳は「食いつき」で出る事になっている。「食いつき」とは中入り後で最初に出る位置の事を言う。何故そう言うのかと言うと、中入りの休憩の後は未だ弁当を食べている客がいたり、トイレや煙草を吸いに出て戻って来ていない客が居たりしてざわざわしているんだ。そんな中で演じるのはかなりの技量が要るか、若手で極端に元気が良い者に限られると言う訳なんだ。大柳は声も体も大きいし、何よりその食べる仕草の上手さで客を取り込むのが評価されたそうだ。
今日もパピヨンがやって来て
「大柳の出るところだけ覗かせてくれよ」
そう頼むので快諾したのさ。二階席の一番上の席の脇にある照明のライトがある押入みたいな空間にオイラとパピヨンが並んで座っている。休憩が終わって緞帳が上がった。めくりには「大柳」と書かれている。オイラだって寄席に住む猫さ、寄席文字ぐらいは少しは判る。姉さんが膝にオイラを乗せて教えてくれたんだ。
出囃子の「勧進帳」が鳴って大柳が出て来た。ニコニコと愛想を振りまいている。
「え~お暑い中ようこそのお運び、ありがとうございます。もう噺家一同。寄席の従業員も大喜びでございます」
挨拶をして、簡単なマクラを振ると噺に入って行った。どうやら今日は「蕎麦清」らしい。この噺は清さんという賭蕎麦というのを職業にしていると知らない八五郎達が無謀にも清さんに賭蕎麦食べ比べを挑むのだが、最初は簡単に負ける。悔しいので段々エスカレートして遂に五両という金額になってしまった。百枚食べれば五両貰えるのだが、流石に清さんも自信が無い。その場は言い逃れしてしまった。
その後、本職の商売で信州に行き、蕎麦の食べる修行等をして江戸に帰ろうと山道を歩いていると山中で蟒蛇(うわばみ)が人を食べる所に出くわしてしまった。人を簡単に飲み込んだ蟒蛇だが苦しがる。でも傍に生えていた草をぺろぺろ舐めると、あら不思議、大きな蟒蛇のおなかが小さく元通りになってしまった。これを見ていた清さんは「あの草は強力な消化薬だ」と思いこみ、これさえあれば幾らでも蕎麦が食べられると、その草を摘んで江戸に帰って行った。
江戸に帰って早速、賭蕎麦を申し込まれると、快諾して賭が始まった。何とか九十枚までは食べられた清さんだったが残り十枚がどうしても入らない。そこで、「風にあたりたい」と言って縁側に出して貰った。そして、こっそりと懐から、あの草を出してぺろり……
八五郎達は何時まで待っても清さんが戻って来ないので、さては逃げたかと障子を開けてみると、そこには蕎麦が羽織着物を着て座っていた。
と言う噺なのだが、大柳は蕎麦を食べる仕草が上手い!
猫のオイラでさえ感心をしてしまう。パピヨンはオイラの横で
「これを見ていたら、蕎麦が物凄く美味しいものだと思うだろうな。まあ、実際、旨いものだけどな」
そんな事を言って感心している。オイラは正直、蕎麦は食べた事は無いが、大柳の仕草を見ていると食べたくなってしまった。大勢入った客席からも
「帰りに蕎麦食べて行こうか?」
なんて声が聞こえる。その昔、黒門町こと八代目文楽師匠は売店の甘納豆を売りつくしたそうだ。「明烏」という噺で甘納豆を食べるシーンがあるのだが、その食べる見事さに客が売店に甘納豆欲しさに殺到したそうだ。文楽師匠は噺も抜群だったそうだが、大柳も何時の日かそうなって欲しいとオイラは思うのだ。
高座が終わって帰る時に二匹で出口で大柳を待っていた。
大柳は芸人と言うには若干地味な格好で出て来た。出口でオイラとパピヨンを見つけると
「おお、二匹とも今日は聴いてくれていたね。ありがとうな」
判っていたのかと感心をしたので
「にゃーん」と鳴いて出来を誉めてやった。
「ありがとうな。明日も鳴いてくれるように頑張るよ」
大柳は大きな体を揺すって場末の街に出て行った。オイラとパピヨンはそれを見送るのだった。
作品名:テケツのジョニー 5 作家名:まんぼう