白線の外側
俺は、兄が待たせておいたタクシーに乗り、病院へと向かった。携帯に連絡しても無駄だとわかっていた俺を、直接迎えに来てくれた兄とともに。
タクシーの中で、兄は病室の母の様子を話してくれた。母はテレビを見やすい位置に移動してもらい、うれしそうに見ていたと。
でも、俺は出ていないから見えなかったはずだ、と言うと、母が見ていたのは背番号のないヘルメット姿の選手だと兄は言った。
なんと、母は気づいていたのだ! 俺がボールボーイだということに。そして兄はさらに続けた。
病室で父や二人の兄も観戦していたが、放送で紹介されたベンチ入り選手の欄に、俺の名前がないことにみな気づいた。
でも、母は、あの子は絶対に嘘をついたりはしない、グラウンドのどこかに必ずいるはずだ、と言い張ったと言う。そして、ファウルボールを拾いに走る俺の後ろ姿を見つけたのだと。
俺は涙が溢れてきた。まさか、ボールボーイ姿の俺に気づくなんて……
あの子が出てる、ほら、あの子がボールを追いかけている、そう言いながら母は目を閉じ、そのまま意識が薄れていった、と兄は言った。
(母さん、待ってて! お願いだから!!)
病院に着き、病室に駆け込むと、そこには安らかに微笑むような母の姿があった。
その母の耳元で、父が、ほら、お待ちかねの選手が来たよ! と声をかけると、母の指先がわずかに動いた。
俺は、その手を握りしめながら言った。
「母さん、勝ったよ、俺もグラウンドでボールを追いかけたよ、見ててくれてたんだよね!」
もう目を開ける力もないのだろう、目を閉じたままの母は、その問いかけに答えるように、最期の力を振り絞り、俺の手を握り返した。そして次の瞬間、母の手からすべての力が抜けた。
俺は母の体にすがりついて…… 泣いた……
抜けるような青空の元、始まった決勝戦。
俺はまた、背番号のないユニフォーム姿でベンチ横に座っていた。
(母さん、空から見えるだろう? 今日も俺、がんばってボールを追いかけるよ。白線の外だけど、ここだって大事なポジションだから)
完