フィラデルフィアの夜に15
まるで目の前の人物のために。
夜に、泣き声が響きます。
そこは誰も来ない場所。
喧噪から遠く離れた、隙間。
そこに泣く声が。一人の少年の泣き声が。
泣けども泣けども、気付かれない少年。
そこに光り差すのは、忘れ去られたかのような外灯。
切れかけ、点滅しがちな光。
そこに少年とは別に動くものがあります。
影。細い影が。
細く長い影が、動きます。
うねり揺れる影。
少年の目にも届き、不思議に思います。
一体何の影なのか、わからないのです。
動く細い影ならば、そう言う機械か、蛇の影でしょう。
しかしその様なものはなく、ただ動くのは一本の影。
何のためにか蠢く影。
地面に落ちていた、壊れたライターに影が触れたときです。
巻き付きました。影がライタ-に。
ライターの影に巻き付いたのではありません。
ライターそのものに巻き付きました。
外灯の弱い光の中でよく凝らして見れば、糸のような物が、地面から伸びてきて巻き付いてます。
そして落ちていた釘を巻き込んで、人の様な姿を取りました。
不格好でもどこか存在感と威厳を湛えた、鈍く光る針金を纏った姿でした。
すると、引きずられる様に移動します。
影が、引きずっています。
すると、箱に入れられました。
またすぐ、影が伸びます。
さっき同じ箱から細長く、生きているかのように揺れ動いて。
泥に汚れた新聞の束に触れ、影が巻き付き、赤い布切れを取り込み、針金で輝く花束のように。
五本の万年筆にチューブ、枝に素早く巻き付き、何重にも巻き付き、白く光る掌のように。
黒く塗料に染まった2本のブラシに巻き付き、黒い牙を剥く白い犬の顔のように。
次々に巻き込み巻き付き、何かの物に見える作品を作っていました。
全てを、あの箱の中に入れて。
細い影が伸びる、箱に入れて。
何十、いや数百にも思える程。少年の目の前で。
影がなおも揺れ動きます。
点滅しがちな外灯のせいで見にくいけれど、それは少年の方へ向かっているようでした。
少年は後ろへ駆け出します。
彼を呼ぶ声が聞こえたから。
出会えた親と、明るい喧噪の街へ歩いて行きます。
ふと後ろを見ると、何かが何かに巻き付いて、まるで何かのようになっている様に思いました。
よく見えないけれど。
誰のためでも無く、あの作品は作り続けられる。あの箱自身のために。
作品名:フィラデルフィアの夜に15 作家名:羽田恭