ユニフォームの王子さま
「木下! 違うんだよ!」
俺は必死に後を追ったが、あいつは人混みの中に消えてしまった……
きっとあいつはとんでもない誤解をしただろう。それも見事なまでに。仕方がない、今までが今までなのだから。
それにしても、俺という男は、最高の意地悪をした最悪のイヤなやつということになってしまった。もうこの誤解を解くことは永遠にできないだろう。これがあいつとの最後になるなんて……
がっくりと肩を落として、近くのベンチに座っていると、しばらくして、誰かが近づいてくる足音がした。顔を上げると、そこにはなんと木下が立っていた。
「ウソつき健太!」
その言葉とは裏腹に、表情を見ると、あの頃のように真っ赤になって怒っている様子はない。木下がなぜ戻ってきたかはわからないが、この機会を逃すまいと俺は立ち上がって必死に弁明を始めた。
「俺、本当におまえを先輩に紹介しようと思ったんだよ。いや、もちろん俺の彼女としてなんかじゃないよ。いくらなんでもそんなひどいことするわけないだろ。
それに、先輩にあんな美人の彼女、いや、その、彼女がいたなんて全然知らなかったんだ、信じてくれよ。おまえがずっと先輩のことを想っているのを知っていたから、何とかしてあげようと思ったんだ、本当だよ!」
「わかってる……私も自分でわかってるの。いつまで、私、こんなことをしているのだろうって。もういい加減、話したこともない人を追いかける夢見る少女から卒業しなくちゃって」
「そうか、俺のこと信じてくれたんだ。じゃ、ウソつき健太は取り消しだな」
「いいえ、健太くん、本当に私と竜崎さんを結び付けたいと思った?」
「え? いや、それは……」
「私ね、実は今日、第一試合と勘違いして早く来てしまったの。そうしたら、懐かしい人を見かけて……そう健太くんだった。
なぜこんな早く来ているのかしらって思ったんだけど、近くのお店で時間をつぶして戻ってみたら、やっぱり健太くん、同じ所に立っていて、誰かを探しているようだった。そうして、まるで今来たように私に声をかけてくるんですもの。もしかして私を待ってたの?」
「いや、そう言うわけでは…… 俺も早く着きすぎちゃって……」
(たしかに俺は嘘つきだ)
「それに私、さっき健太くんに追いかけられてみて思ったの。なんか、懐かしいなあって…… そして気づいたの。前はいつも私が追いかける方だったけど、追いかけられるのって悪くないなって」
「よくそんなことが言えるな、俺がさっきどんな思いでお前を追いかけていたか……」
「あら、健太くんこそ、そんなこと言えるの? 私に散々ひどいウソをついていつも逃げ回ってたくせに。
でもね、でも、私、今ならわかるの、白馬の王子さまよりウソつき王子の方が私には似合ってるってこと」
「え? なんだよ、それ! そのウソつき王子って俺のことか? そして先輩は白馬の王子さまかよ!」
「違う?」
そのまばゆいばかりのまなざしに、俺はこう答えるしかなかった。
「はい、その通りです」
それから俺たちは、肩を並べて夕暮れの舗道を歩いた。そう、走るのではなく歩いたのだ。
じゃじゃ馬から美しい姫に姿を変えたあいつと語らいながら歩いている、ほんの三十分ほど前にはとても想像もつかない幸せな結末だ。でも、不思議なことに、ベンチでうな垂れていたことを思えばとても贅沢なことだが、俺は心のどこかで一抹の寂しさを覚えていた。
真っ赤に怒って俺を追いかけ回した頃のあいつを愛しいと思う気持ちがなぜか消せない…… それはきっと、もう戻ることのできない青春の一ページだからだろう。
終
作品名:ユニフォームの王子さま 作家名:鏡湖