不老不死
俺は、一本の大樹だ。
その昔、俺は迷い込んだ山道で、不思議な老人に出会った。その老人は俺に言った。
「お前は限りある命の人間と、不老不死の大木とでは、どちらがいい?」
俺は迷わず答えた。
「そりゃあ、不老不死の大木さ。人間なんていつかは死んじまう。それに、同じ人間でも金持ちに生まれればいいが、おいらみたいな貧乏百姓じゃ、明日にも飢え死にしてしまうかもしれないしな」
「そうか、おまえの望みが叶うといいな」
老人はそう言って立ち去った。
そして、俺はそんな年寄りに関わっている場合でないことに気づいた。もう日が暮れかかっている。暗くならないうちにこの山を下りなければ、暗闇の中、獣たちの唸り声に怯えながら夜を明かさなければならなくなる。
しかし、いくら歩いても知っている道に出ることはなかった。それどころかどんどん山奥に足を踏み入れているような気がする。俺は疲れ果て、とうとう、もう一歩も歩けなくなってしまった。そして、仕方なくここで夜を明かすことにした。そう思った途端、疲れのせいで、俺は深い眠りについた。
どのくらい俺は眠りつづけたのだろう?
気がつくと、俺はとても高い場所にいることに驚き、悲鳴をあげそうになった。ところが、なんということだろう? 声が出ない! そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。俺の眼下にはうっそうとした木々が生い茂り、前方はるか彼方には、遠く山々が連なるのが三百六十度見渡せるではないか!
俺は大木になっていた。
初めのうちは、何事にも感動した。地下深くまで伸びた根に支えられ、大風が吹いても俺はビクともしない。そして、その頑丈な枝は、大雨が叩きつけても折れることはなかった。昼間は、太陽の光を誰よりも近くで浴び、夜は、手の届きそうなところに満天の星が輝いている。
ところが、何年、何十年もたつと、何も変わることのない単調な日々がひどく辛くなってきた。その上、もう長いこと、誰とも話をしていない。親兄弟はもちろん、知っているヤツなどもうひとりもこの世にはいないのだ。そう思うと、鳥たちのさえずりで孤独を紛らわすのにも限界を感じた。
俺は初めて、永遠の過酷さを知った。それでも、俺は生き続けなければならない。忍耐の日々が果てしなく続いた。
しかし、ある頃から俺の周りで変化が起き始めた。少しずつ、遠くの景色が変わってきたのだ。
そして、ある日とうとう人間たちがこの山奥までやってきた。毎日のように激しい音がこだまし、次々と木々が倒されていく。豊かな山の緑はどんどん減り、木々に隠れるように存在していた俺の姿が、人目にさらされる日がやって来た。
俺はこれで、長かった俺の命も終わると知り、恐怖感の中にも、永遠の命から解放される安堵感を感じた。もう十二分に生きた、なんの不満があろうか? 永遠はもうたくさんだ!
ところが、樹齢千年という俺の見事な姿に感動した人間たちは、俺を切らずに保存することに決めてしまった。
(お願いだ! 切ってくれ――)
そんな俺の叫びはもちろん誰にも届かない。
こうして俺は、周りの木々という仲間まで失い、本当のひとりぼっちになってしまった。その上、手厚い保護の元、永遠の命をさらに保障されることとなったのだ。
ところが、それからというものの、人々がひっきりなしに俺を見にやって来るようになった。そうして、俺を見上げては語りかけていく。やがて、太い幹には御幣が祀られ、人々は俺に向かい祈りをささげるようになった。そう、俺はいつのまにか人間たちから神として崇められるようになっていたのだ。
千年前、ただの百姓だった俺だが、このとてつもなく長い時間、ただひとり、孤独と戦うという修行を続けたのだから、こうなっても許されるような気がした。
こうして、俺は今日も人々の願いに耳を傾け、みんなの幸福を願っている、永遠の命の代償として。