[王子目線]残念王子
選択
舞踏会が始まった。
女官の言う通り、マルは帰って来ない。
憂鬱な気分のまま玉座の隣に座っていると、舞踏会に参加している娘たちが順番に挨拶をしてくる。
けれど、全く心が向かない。
(あ、ウル○ラ怪獣ダダみたい。)
すごい厚化粧の娘に、僕は思わずふきだしそうになる。
「城下で果樹園を営んでおります、トレメイン家のアナスタシアでございます。」
「わたくしはドリゼラでございます。」
ダダそっくりのこの二人が、あの果樹園の娘の義理の姉たちか。
僕は、わざと訊いてみた。
「妹君は、今日はご一緒ではないのですか?」
その瞬間、二人の顔色がサッとかわる。
「い…嫌ですわっ、妹など…!トレメイン家の娘は、わたくしたち二人だけですわ。」
「し…下働きの『シンデレラ』と申す娘なら、ひとりおりますが…妹などではありません!」
言い繕う二人をジッと見つめて、僕は冷ややかに笑った。
「…!」
二人は僕の冷たい視線にたじろぐと、逃げるように会場の隅へ移動した。
(ふん。)
「知っている娘達か?」
隣の玉座から父上が声をかけてくる。
「いえ。」
僕は父上に柔らかく微笑むと、その後も続く挨拶を、上の空で聞いていた。
「…マルは?」
傍に控える年配の女官に、僕はそっと耳打ちする。
「帰ってきませんよ。」
冷ややかな目付きで、女官は答える。
僕は手元にあったワインを、一気に煽る。
そんな僕の前に、青いドレスの娘が立った。
「トレメイン家のサンドリヨンでございます。」
聞き覚えのある声に顔を上げると、金髪に碧眼の、美しい娘がそこにいた。
身にまとっているのは…僕があげたマントと同じ生地の青いドレスに、マルに預けた羽織もの。
「きみは…!」
僕の声と同時に、遠くから『シンデレラ!』『なぜここに!?』というダダたちの声がする。
その言葉を打ち消すように、彼女はもう一度言葉を重ねる。
「サンドリヨン、と申します。」
いいながら、優雅に一礼する。
「このたびは、格別なご配慮をくださり、ありがとうございます。」
僕はイスから立ち上がり、彼女へ歩み寄った。
「サンドリヨン。僕のドレスは着なかったの?」
初めて彼女の名前を呼べる嬉しさに、今まで憂鬱だった心が少し浮き立つ。
「はい。ご使者の方のお話では、亡くなられたお母様のドレスをリメイクされたとか…そのような貴重なドレスに袖を通すことなどできません。それに」
そこで一呼吸置いて、彼女は近づいた僕を見上げた。
「…それに、あなた様に頂いた青いマントを身に纏いたかったので…。」
彼女は熱っぽい潤んだ瞳で僕を見上げたが、僕の心はあまり動かなかった。
(ご使者の方…。)
僕は彼女にニコッと笑いかけると、それとなく訊ねてみた。
「その…使者は、一緒ではないの?」
あたりを見回すけれど、やはりマルの姿はない。
「ここまで送ってくださったのですが、いつの間にかいらっしゃらなくなっていました。」
(マル!)
僕は彼女に背を向け、城内に戻ろうとした。
「どこへ行く。」
低い威厳のある声に、ビクッと体が震えた。
「父上…。」
僕が玉座をふり返ると、父上が鋭い目付きで僕を見つめていた。
「役目を放棄するのか?」
その言葉に、僕は目を伏せる。
すると、耳元で女官が囁いた。
「私が探してまいります。王子はご自分の役目を果たされてください。」
僕は小さく頷くと、女官にだけ聞こえる声で答えた。
「うん。…よろしく。」
そして僕はギュッと目をつぶると、大きく一度深呼吸し、気合いを入れる。
「いってまいります。」
父上にそう言うと、僕はサンドリヨンへ歩み寄る。
そしてその手を取ると、会場の中央まで移動した。
それと同時に、ワルツが流れ始めた。
僕はサンドリヨンの腰に腕を回し、音楽に乗る。
「僕が王子だ、って知ってたの?」
躍りながら訊ねると、サンドリヨンは大きな碧い瞳で僕を見上げた。
「気づいたのは、爺や様の話をされた時。もしかして、と思って頂いたマントを確認して、王家の紋章の刺繍を発見した時に確信しました。」
僕は彼女を見下ろすと、ニコッと笑顔を作った。
「それで、僕のことをどう思った?」
そのとたん、サンドリヨンは顔を真っ赤にした。
「王子とわかる前と、王子とわかってから気持ちの変化はあった?」
いじわるな質問だということは、わかっている。
でも、僕は『王子』としてでなく『ひとりの男』として愛して欲しかったから。
「昨日も言ったと思うけれど…。」
サンドリヨンの口調が、果樹園で会っている時に戻る。
「あなたが甘えられる存在に、私はなりたい。」
(甘えられる存在。)
その言葉と同時に思い浮かんだのは、マルの顔だった。
(僕が心から甘えられるのは…甘えたいのは、マルだ…。)
そう確信すると同時に、音楽がちょうど終わった。
僕はサンドリヨンに一礼すると、その手の甲に口づけた。
「また、会いに行くよ。」
そして踵を返すと、そのまま会場を飛び出した。
遠くで父上の声がしたけれど、僕はそれも振り切って、城内を走る。
そして廊下で、マルを探す女官を見つけた。
「マルは!?」
僕の剣幕に女官は若干ひるみながら、首を左右にふった。
「城内には、いないようですね。」
僕は肩で息を吐きながら、マルの行きそうなところを考える。
(そういえば、こんなに毎日一緒にいたのに、僕はマルの行きそうな場所すら知らない…マルは僕を知り尽くしているのに…。)
「城内にいないなら、外を探してくる!。」
駆け出そうとした僕に、女官が慌てて声をかけてきた。
「舞踏会はどうするんですか!?」
僕は肩越しに女官をふりかえると、微笑んでみせた。
「『役目を果たしに行ってまいります。必ず役目を果たして戻ってまいります』と伝えておいて。」
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか