[王子目線]残念王子
「私、あなたに仕えるようになって3年ですが、初めて名前を聞きました。」
マルが皮肉な笑顔を浮かべて、僕にワインを注いでくれる。
「ははっ。そういえば僕も物心ついて以来、父上から名前を呼んで頂いた記憶がないなぁ。」
マルにもグラスを持たせ、ワインを注ぐ。
「嘘でしょ!?」
マルが驚いて目を見開き、次の瞬間声を出して笑う。
僕はそんなマルの頭をひと撫ですると、グラスを持ったままマルの傍を離れる。
そして、サンドリヨンの傍へ向かった。
サンドリヨンは、複雑な表情で僕を見つめた後、踵を返して出口へ向かう。
「待って、話をさせて、サンドリヨン。」
だが、サンドリヨンは止まらない。
僕はワイングラスを近くの娘に渡すと、サンドリヨンを追って会場の扉を出た。
すると、サンドリヨンが階段を駆け降りていくところだった。
(サンドリヨン…。)
僕が呆然とその後ろ姿を見つめていると、いつの間に階段を降りていたのか、マルが階段を上がってきた。
「王子、これを。」
マルから渡されたのは、ガラスの靴だった。
僕はその靴を受けとると、階下を走り去る馬車を目で追った。
「傷つけてしまったな。」
すると、マルが冷ややかに言い放つ。
「まぁ、今に始まったことじゃないでしょ。今まで何人、こんな感じで乗りかえました?なにを今更。」
そして皮肉な笑顔を浮かべて、僕を見上げる。
「私もいつ同じようになる…ンッ。」
僕はマルの唇を、自分の唇でふさいだ。
重なってすぐに離すと、マルが驚いて僕を見つめていた。
マルとまっすぐに視線を交わすと、僕はマルの後頭部を支えて、今度は深く口づけた。
初めてだったのか、マルは身を固くしてびくついていたけれど、しばらくすると力が抜けるのがわかった。
銀糸を引きながら唇を離すと、僕はマルの下唇をペロッと舐めた。
「マルのおかげで、人を愛するってどういうことなのか、ようやくわかったんだ。」
マルの潤んだ瞳を見つめながら、僕は真剣に伝える。
「だから、今までみたいな遊びはもうしない。」
マルはまっすぐに僕を見つめていたけれど、ゆっくりと頷いて、目を伏せる。
まるで誘うかのようなその仕草に煽られた僕は、かぶりつくようにもう一度、マルに深く口づけた。
(明日、果樹園に謝りに行って靴を返そう。)
角度をかえて口づけながらマルを抱きしめると、マルも苦しげに息を吐きながら僕にしがみついてきた。
(必ず、マルのために、国民のために、自力で豊かになれる方法を見つけ出してやる。)
僕は心に固く誓った。
(女官に作ってもらったドレスは、旅に持って行こう。)
僕は深い口づけを繰り返しながら、そっと瞳を開けて、マルの表情を盗み見る。
(かわいい…。)
そこにはいつもの反抗的なマルでなく、僕に従順に身を委ねるひとりの女の子がいた。
(ドレス…喜んでくれるかな。)
マルと二人きりの旅に、僕の心は浮き立っていった。
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか