[王子目線]残念王子
残念王子
「喉が乾いたし…お腹もすいた…。」
こっそりと遠乗りに出掛けたものの、どこかで水筒とお弁当箱を落としてしまった僕は、仕方なく飲まず食わずのまま帰路へついていた。
「マルにバレたら絶対バカにされる!」
僕は愛馬のリンちゃんの頭を撫でながら、その耳に囁いた。
「内緒にしといてよ、リンちゃん。」
するとリンちゃんは答えるように、鼻を鳴らす。
「かわいいなぁ、リンちゃんは♡」
リンちゃんも僕のせいで飲まず食わずなんだけれど、文句も言わず足取りも軽やかだった。
けれど、そのリンちゃんが突然立ち止まる。
「どうした?リンちゃん。」
リンちゃんはジッと一点を見つめている。
「あ。」
気がつけば、いつの間にか僕らは果樹園の中にいた。
リンちゃんはヨダレをたらしながら、真っ赤に熟れた果実をジッと見つめていたのだ。
「あ~…おなかすいたよね…。」
僕はこの果樹園の主がいないか、辺りを見回した。
すると、どこからか歌声が聴こえてくる。
「歌声がするほうに行ってみて。」
低い木が多いのでリンちゃんから降りて歩くことにした。
リンちゃんを撫でながらお願いすると、耳をぴくぴくさせて歩き出す。
だんだん歌声が大きくなり、その声の主に近づいたことがわかった。
辺りをぐるっと見回してみると、ひとりの娘が歌を歌いながら木の手入れをしている。
僕が踏んで折れた木の枝の音で、彼女も気がついたようで、こちらをふり返った。
着ているものはつぎはぎだらけで、頭から爪先まですすで汚れているけれど、それでも目鼻立ちが整っているのがわかる。
(綺麗にしたら、めっちゃ美人かも。)
「勝手に入ってきて、すまない。」
大きな碧い瞳を見開いてこちらを見る娘に、まず頭を下げた。
僕の端麗な容姿とこういう謙虚な態度があれば、たいていの娘はなんでも言うことをきく。
「果実を数個わけてほしいのだが。」
すると娘は足元の籠から収穫したばかりの赤い果実を差し出す。
「ありがとう。」
僕が笑顔で受け取ろうとすると、娘はサッと果実を引っ込めて、反対の手を差し出す。
「?」
僕が首を傾げると、彼女は笑顔もなく口を開く。
「お金を払って。」
(え!?)
「まさかタダでもらおうなんて思ってないでしょ?これは私がひとりで雨の日も風の日も雪の日も休まずに手入れして実らせた果実なんだから。…これを売って、生活してるんだし。」
(…。)
言っていることは、よくわかる。
至極当然のことだ。
けれど、今までこういうことはなかったので、正直戸惑いを隠せなかった。
(王子なのに?こんなに僕、イケメンなのに?)
動揺しながらも一応、懐を探ってみる。
でも、今日はこっそりと城を抜け出してきているし、遠乗りするだけだったからお金なんて持って出てきていない。
「…あ、あの、すまない。今日は持ち合わせがないのだ。」
そして必殺スマイルを向ける。
これでおちなかった娘はいない。
「…じゃ、残念ね。」
娘はあっさり最強スマイルも無視して、果実を籠に戻して作業を始める。
(えーーーっっ!?)
僕は驚きすぎて、嫌な汗が体からふきだした。
「あ、あの、あとで従者に必ず届けさせるから、せめてリンちゃ…馬にたべさせるぶんだけでも分けてもらえないか?」
娘はチラリとこちらを見たけれど、無視して手入れを続ける。
「途中で弁当と水筒を落としてしまい、朝、城を出て以来飲まず食わずでいるんだ!だから、せめて馬にだけでも!必ずお金は届けるから!その証に…。」
僕は羽織っていたお気に入りの青いマントをはずすと、彼女に手渡した。
「従者がお金を持ってくるまで、これを預けておくよ。」
娘は数秒考える素振りを見せたが、小さく頷くと、ようやく果実を籠ごと渡してくれた。
「お金は、いらないわ。その代わりこのマントを頂けるかしら。」
(え!?)
お気に入りのマントだから迷ったものの、ぼくは軽くため息をついて笑顔で答えた。
「お気に入りだったんだが、仕方がない。それより、こんなにもらってもいいの?」
(まぁお金を届けさせるのに、マルに事情を話してバカにされるのも癪だしな。)
「このマント、シルクでしょ?そのひと籠でも足りないくらいだわ。もっとさしあげたいのだけれど、今、まだそれしか収穫できる果実がなくて。」
そこまで言って、娘は初めてふわりと笑った。
それはまるで大輪の花が開くように可憐で美しく、僕の心臓は大きく高鳴った。
「これからお腹がすいたら、あなたと馬のぶんなら自由にとって食べてくれていいわ。」
僕は顔が熱くなりながら、彼女に微笑み返すと、リンちゃんにひとつ果実をあげた。
するとヨダレなのか果汁なのかわからないけれど、大量の水分を口からたらしながら美味しそうに食べる。
「ははっ!美味しそうに食べるな、リンちゃんは。」
僕はその首筋を撫でながら、自分もひとつ口にした。
その大きな果実をかじると、果汁が溢れだし身体中にしみわたるようだった。
「美味しいな!」
僕が声をあげると、娘が嬉しそうに微笑む。
「たくさん食べて行って。」
僕はもうひとつリンちゃんに食べさせると、残りを返した。
「これから自由に食べていいのなら、これは返すよ。この分だけでも売れば、きみも食事をできるんでしょ?」
娘は金髪の巻き毛を風に泳がせながら、大きな碧い瞳で僕を見つめる。
僕は籠を娘の手に握らせると、リンちゃんにまたがって、馬上から彼女を見下ろした。
「そういえば、きみの名前を聞いていなかった。」
僕が訊ねると、彼女はその表情を一気に曇らせて目を逸らした。
(訊いてはいけなかったのかな。)
「言いたくなければ、いいんだ。じゃ、また。」
僕が手を上げて去ろうとすると、娘が声をあげた。
「あ、の!あなたは?」
僕は少し考える。
(この娘、僕が王子だと気づいていないのか。)
「興味があれば、そのマントを持ってお城までおいで。」
そう言い残して、僕はリンちゃんの腹を蹴りその場を離れた。
そしてあっという間に果樹園を越えると、お城が遠くに見えた。
「意外に、城から近い場所だったんだな。」
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか