散歩道 2
散歩道の‥それからです
僕は妻を連れて週末は散歩に出る。
散歩の距離はマチマチだけど。でも妻は僕に付いて来てくれる。
「どうしてこんなに散歩が好きなの?歩くことは健康に良いことだけど」
「うん。物心ついた時から僕は散歩してたんだ。いつも‥」
僕の脳裏には幼い頃の記憶が蘇った。
僕は気が急いていて、公園の遊歩道を急ぎ足で歩いていた。後ろから母の声がしても、僕の足は止まらなかった。
「大輔!ちょっと待って」母の声が聴こえた。
「ママぁ!遅いよ‥早く!」僕の声に母はうなづきながら足を速める。
僕がこんなに急ぐのにはワケがあった。先週、母とまた散歩に来た時に見つけたのだ。公園の奥に屋根の付いた休憩所があって。そこの壁につばめが「巣作り」をしていたのだ。その巣作りがどれだけ進行したのか僕は見たかったのだ。
「つばめはね‥こういう所に巣を作るのよ。パパが言ってたわ」
「ヘェ‥そうなんだ。じゃ」僕は持ってきた「鳥図鑑」を広げて指をさした。
母と僕は鳥図鑑を見ながら、つばめの巣作りを観察した。2週間後、つばめの巣が完成しているのを見て母と二人で喜んだ。そして雛が産まれるまで観察続けた。
つばめの巣作りを見つけたのも、母と散歩している時だった。母は朝から晩まで働き、いつも帰宅は遅かった。だから僕は赤ちゃんの頃から保育所に預けられていた。赤ちゃんの時の記憶はないが、幼稚園ぐらいから母と散歩の記憶が残っていた。
つばめの巣の他に母とは桜並木の道を散歩した。また母はその桜並木の道を歩きながら色々と話してくれた。どうしてこの桜並木の道が好きなのか、何故毎年来るのか。時々‥母の目が潤んでいたのを覚えている。
秋の夕暮れも母と見た。子供心に秋の夕暮れの綺麗さに魅入られた僕だった。また母に聴いたことがあった。
「ママ‥この夕暮れもそうなの?去年も同じ場所で見たよね」
「うん‥ここの夕暮れも大好きだったの。あなたのパパが‥ママも好きよ」
母は僕の頭をなぜながら言った。
「パパとママね、お散歩が好きだったの。最初の頃ママは、お天気が悪いと行きたくなかったけどね。パパが教えてくれたの」
母はまた懐かしそうに話しをした。そして僕の肩を抱きよせて言った。
「ね‥言ってもいい?」
「何を言うの?」
「天国にいるパパにご挨拶したいの。今年も見に来たよって。大輔もする?」
「うん‥する!」僕と母は声を揃えて空に向かって「ご挨拶」をした。
妻は僕の話しを聴いて、僕の手を握ってくれた。
「一杯歩いたんだね。お母さんと」
「うん。よく歩いたよ‥子供心にね嫌な時もあったよ。母親と二人で散歩も」
「でも‥あなたはお母さんと歩いたのよね」
「うん‥僕が産まれる前に父はもういなかったからね。母なりに僕に父の事を教えたかったのかもしれない」
僕達はまた歩き出した。歩き出して行くうちに夕暮れが始まった。妻が南に見える海を見ながら言った。
「キレイね!夕日が海に沈んで行く」
「だろ!ここの場所が一番絶景なんだ。母と毎年見に来たよ。でも」
僕は妻のおなかに両手を当てた。
「来年の秋には‥見に来ようね。お父さんとお母さんと」
「うん。お父さんとお母さんと君と3人で」
「来ようね。ね‥パパが今度は教えてあげるの?」
「うん。母が僕にしてくれたように。散歩を楽しみながら色んな事を教えてあげたいんだ。僕も言っていい?瑞穂」瑞穂は僕の顔を見てうなづいた。
「お母さん!来年も来るよ。ここの夕暮れも桜の並木道も!見せてあげるよ。僕達の子供にさ‥待っててね」妻の瑞穂も言った。
「お義母さん‥来年また来ますね。大輔さんと私とおなかの中にいるチビと」
僕達は空に向かって‥虹の橋を渡った「母」にご挨拶をした。
母は半年前に病死した。僕達の結婚を見届けて安心したのか眠るように逝った。
父は僕が母のおなかに宿った直後に急逝した。それから母は僕を1人で育てくれたのだ。散歩が大好きだった父と母だから、僕は赤ちゃんの時から母の腕に抱かれ、父が大好きだった散歩道を歩いた。僕が散歩に付いて行かなくなっても、母は歩いた。父の事を想いながら‥
それから1年が経った。
僕は息子を腕に抱いて‥妻の瑞穂は娘を腕に抱いて。お気に入りの場所から「夕暮れ」を見ていた。産まれてきた赤ちゃんは二卵生のふたごだった。一度に僕は二人のお父さんになった。妻が僕の顔を見てうなづいた。
「うん。ご挨拶しような。大吾・瑞樹」僕達はふたごの手を軽く持ち上げて。
「お母さん!約束通り来たよ‥僕と瑞穂の子供達だよ。ふたごの大吾と瑞樹だよ。毎年見に来るね。お母さんが僕にしてくれたように‥僕もするよ。お母さん!お父さんと「虹の国」で仲良く散歩しろよ。29年間分‥お父さんと一緒に歩けよ」
その言葉に妻の瑞穂は笑い、僕も笑って子供達の手を空に向かって振らせた。
完