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女性プロ棋士誕生物語

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地元でも難関で知られる中学校に彼は通っていた。
どこから見ても、普通の中学生にしか見えないのだが、他の子とは、違う点がただ一つ、それは、幼い仕草の中にも時折見せる、大人びた鋭い眼光であった。
それもそのはず、彼は14歳にしてプロ棋士養成機関である奨励会3段リーグを、一期で駆け昇り、今では、160名の俊英やベテラン棋士達との戦いの場に、身を置いているのである。
敗れた先輩棋士やライバル達は投了後、次は必ずと雪辱を期すのであったが、2度3度と負けるうちに、何か畏敬の念を覚えてしまうのだった。
それは彼の華麗な戦い方に起因するもので、普通は終盤になると、相手の守備ゴマを一枚ずつはがしながら、玉を裸にして、受けなしの状態で仕留めるというのが、大方の戦い方であるが、彼は肉を切らせて骨を断つという、読みの入った戦い方で、神の領域にまで踏み込んだかの様な華麗な手順で、一気に相手玉を仕留めるのである。相手にも言い分を通させ、華を持たせるので、斬鬼の念も覚えずしかも美しい棋譜を二人で作り上げたという、充足感を感じるのであった。
やがて戦いを重ねるうちに、慧眼を持ったプロ棋士達の間で、4年後には名人候補かと囁かれるようになったのである。
その頃、彼のあとを追いかけるようにして、二つ年下のまだまだ幼さの残る可愛らしい少女が奨励会に入会してきた。
師匠は、女流の道を進めたのだが、本人の強い意志でプロ棋士を目指すことになったのである。
その可愛いらしい少女は、小学6年生の時に男の子に交じり
小学生名人戦でベスト4にまで勝ち進むほどの、実力を持ち合わせていたのである。
やがて彼と同じ中学へ進学し、ほどなくして、校舎内の廊下で彼とすれ違う事になるのであるが、その時の彼女の取った行動が、彼の脳裏に生涯記憶として焼き付けられる事になった。
それは、ゆっくりと彼の前に近づきながら、手に持っていた扇子を胸の辺りに広げ、そこに描かれていた難解な詰将棋を、僅かの笑みを浮かべながら見せたのである。
今まで、将棋一筋に打ち込んでいた彼は、その難解な詰将棋と少女の胸の膨らみに目を奪われながらも、彼女の取った行動に驚き、そして、異性への感情が芽生えた瞬間でもあった。
その後、彼は中学を卒業し高校へと進学しながら、名人挑戦へ向かって、昇段を重ねていった。
やがて彼女も順調に昇級昇段を重ね、何期目かの3段リーグを突破して、晴れてプロ棋士の仲間入りを果たすことになった。
将棋界は18歳でA級を全勝し、名人に挑戦している若武者の活躍と、初の女性棋士誕生の話題に沸いていた。
若武者は、死闘という表現が死語にでもなったかの様な、華麗な指しまわしで名人を圧倒し、4勝0敗という驚異的なスコアで、名人位を奪取したのである。
その後、いく度かの挑戦を受けるも、ことごとく退け大名人の風格さえ漂わせ始めていた頃、あの少女がさらに実力をつけて、激戦のA級を勝ち抜き、なんと挑戦者として彼の前に現われたのであった。
やがて、第一局が日本将棋連合会館、特別対局室鳳凰の間で行なわれることになった。
颯爽と現れた名人は、黒紋付きの羽織袴で登場し、ほどなくして、後をついて来るかのように表れた挑戦者は、
半襟は、小さな桜が散りばめられ、袋帯は、ゴールドメインの上品な古典柄、重ね着は、スパンコール付きで華やかに、また、帯揚げは、鮮やかなグリーンで一味ちがう華やかさ、帯締めは、緑と金で全体をぐっと引き締めていた。髪型と言えば、編み込やカールを入れて華やかに仕上げたサイドアップ、それに花をあしらった可憐で眩いばかりの衣装であった。
それを見た報道陣は、シャッターを切るのも一時忘れ、ただ茫然と眺めていたのである。
シャッター音のしない対局室もこれまた新鮮であり、今から繰り広げられるであろうで華麗な対局を予感させたのであった。
やがて対局は場所を移しながら、一進一退の攻防を繰り広げ、勝負はとうとう第7局にまでもつれ込んだのである。
対局場は、第1局と同じ将棋連合特別対局室、鳳凰の間、朝十時からの対局は深夜に及び、大盤解説会場での、高段棋士達による検討も、多くの聴衆や報道陣を前に、熱気を帯びていた。
そして、一進一退の攻防を繰り広げながらも、やがて局面は名人有利へと進み最終局面を迎えた。
控室の若手棋士達の検討によると、難解だが長手数の詰み筋が発見されていたが、名人はなかなか指さない、微かに指先が震えているようだった。
若手棋士1:「名人は、詰みが見えていないのか!」
若手棋士2:「いや、難解とはいえ名人に見えない筈はない」
若手棋士3:「何かためらっているような感じが」
その時、名人の持ち時間は無くなり、ついに秒読みに追い込まれていたが、それでも指さない。
記録係:「10秒 9秒 8秒 7秒 6秒 5秒 4秒 3秒」
その時、特設会場の大型スクリーンには、投了を告げ駒台に手を置いた、挑戦者の姿が映し出されていた。
大盤解説会場では、高段棋士達が長手数の詰み筋を解説し、自身の詰みを発見し、清く投了されたのでしょうと、解説していた。
その後、大型スクリーンに映し出された二人の間で、何か言葉少なにやり取りが交わされていたが、マイクで拾う事は出来なかった。
お互いの健闘を湛えているのであろうと言う事で、検討陣の検討もここで打ち切られたのであった。
名人:「どうして、投了されたのですか」
挑戦者:「名人こそ、どうして指されなかったのですか、詰みは見えていた筈なのに」
名人:「以前・・・・私は、あなたから扇子に描かれた詰将棋を頂いた」
名人:「それを解かずに今日まで大事に、胸の奥にしまっていたのです」
名人:「解いてしまうと、何か大切なものを無くしてしまう様な気がして」
名人:「そして、この局面でそれが現れたのには驚きました、何か運命的なものを感じてしまって」
名人:「秒読みが迫るなか、名人位を明け渡しても、あなたには資格があると思い、指先が止まったのです」
名人:「それをあなたは、自分から清く投了された」 それを聞いた挑戦者は、棋士という固い殻を脱ぎ捨てた一人の美しい女性に戻ったかの様に、頬を紅潮させ小さな声で、
挑戦者:「負けさせる訳には・・・・・いきませんわ・・・・・将来の旦那様に」 と呟いた。  
やがて彼女は、惜しまれながらも引退を決意し、その後名人と結ばれることになったのである。
大勢の報道陣や将棋関係者、友人知人達に囲まれながら、華麗で盛大な披露宴がとりおこなわれた。
新郎:「今考えるとあの日、廊下で君と出会った時に、長手数の必死を掛けられていたのかもね」
新婦:「まあ、・・・あなた」

作品名:女性プロ棋士誕生物語 作家名:森 明彦