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猫のお話

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昨年、自宅近くで、後ろ足を微かに引きずりながら、石段の傾斜を確かめるかの様に、ゆっくりと下っていた、白い子猫を見つけました。
まだ生後ひと月たったぐらいでしょうか。
人懐っこそうだったので、軽く右手を近づけると、向こうから、両腕を差し伸ばして来て、つい、思わず抱きかかえてしまい、そのまま、我が家へ連れて帰る事になりました。
まじかで観察すると耳と耳の間には僅かに、ゴーストマークがあり、右目はゴールド、左目はブルーの、よく言われるオッドアイの男の子でした。
目やにがたまり、咳もしていたので、すぐにかかりつけの病院で、治療を受けさせる事にしましたが、診察前に受付で、何ちゃんですかと尋ねられ、あ、と思い、
見るとは無しに、視野に入った窓外の青空を見て、アオは馬の名前だし・・、しかし、ソラはとても響きがいいように思い、ソラちゃんですと答えたのでした。
診断の結果、風邪と軽い微熱があるという事で、注射とインターフェロンの飲み薬を処方していただき、その後、咳も徐々にしなくなり、目やにもとれ、食欲も出て元気になりました。
先住猫とも折り合いがよく、互いに追っかけっこをしたりしていましたが、よく観察すると、ソラちゃんは後ろ足で蹴る時に、足が躍るような感じで、横に流れるのです。
最初は、面白く見ておりましたが、これがのちに、禍の種になるとは、考えも及びませんでした。
さて、ご近所にも私以上の愛猫家の方が、いらっしゃいます。
独り住まいのご年配の女性で、複数の猫を大切に飼っておいででしたが、ある日、その女性も、猫達も急にパタッと見かけなくなりました。
3カ月が過ぎようとしていた頃、近くのバス停から降りてくる女性に自然と目がいき、それがあのご年配の女性だったのでびっくりしました。
少しやつれ気味の彼女は、何か言いたそうな目でこちらに、ゆっくりと近づいてこられ、私も、多少の事情は伺おうと思っていました。
それによると、彼女は検診で肺に腫瘍が見つかり、早く摘出手術を受けなければ、手遅れになると言う事でした。家にいるこの子達の事を考えると、随分と悩まれたそうですが、しかし、手術日が迫る中、ついにある決断をされたそうです。
それは、とても残酷で、つらい事ですが、保健所に訳を話して引き取ってもらうという事でした。
それは取りも直さず、猫達との別れと言うよりも、死を意味します。
やがて、猫達はすべて保健所に引き取られ、彼女は悲しみを堪えながら、手術を受ける事になったそうです。
手術は無事に済み、リハビリを受け、ついにこの日を迎えたとの事ですが、夢枕に次々と現れる猫達に、手を合わせ続けていたとも言われていました。
私も、これは他人事では無いなとは、思いながらも、元気よく走り回る、ソラを見ていたら、そんな不安もついぞ、忘れてしまうのでした。
それから、1年ほどたったある日の事、久しぶりにソラを抱きかかえてみると、見た目よりもかなり重く感じられ、何かおかしいと感じて、しばらくの間、様子を見る事にしたのです。
ドライフードはよく食べるのですが、水をあまり飲まず、トイレに行っても、排便が中々辛そうで、申し訳程度の量しか出ずに、そのまま、トイレの脇にうずくまるのでした。
便秘に敏感な妻が、ソラちゃん便秘かしらと言ったので、猫もなるのかと思い、下腹をさすった所、かなり張っていました。
その日の内に、病院で診察を受けた所、先生が下腹を摩りながら、「かなり溜まっていますね、ちょっとレントゲンを撮って診ましょう」、と言われ、処置室の奥へソラを連れていかれ、数分後に写真を手に戻ってこられました。
その写真をライトにかざしながら、
医師:「これ以上悪化すると、手術しかありません」え、手術と言われますと、
医師:「全身麻酔をかけ、掻き出す方法です」
掻き出すとは、それを想像しただけでも衝撃を受け、さらに医師は、
医師:「それに、この子は骨盤に若干の異常が有り、それが排便を妨げているのでしょう」
と言われた。
そういえば1年ほど前に保護した折、後ろ足を僅かに引きずっていた事があり、その後の成長過程でも、ややユーモラスな走り方をしているなと、半ば愛情を込めて見ていたのに、実は、大変な障害を持っていたのだと、痛感したのである。
医師:「整腸剤と、通りをよくする為のオイルを処方しておきますので、それに、下腹部をのの字を書くようにさすってあげると、効果が有りますよ。」と言われた。
やがて、徐々に効果が現われはじめ、人間でいえば、快食、快眠、快便と三拍子そろって、健康を取り戻した彼だが、今でもユーモラスな走り方だけは、かわらずである。
そして私も、ひとつだけ仕事が増えてしまった。
それは、彼の下腹部を数分の間のの字を書くように、毎日さする事である。
彼はもう慣れたのか、薄目を開けながら、気持ちよさそうに、じっとこちらを見ている。
私は心の中で、おい、妙な気を起こすんじゃないよ、これは、治療なんだからなと、毛で覆われた下腹部を摩りながら呟いていた。
作品名:猫のお話 作家名:森 明彦