レイジア大陸英雄譚序幕
英雄二人
トキヤ防衛戦は夜になり一段落を迎えた。
負傷者が多数に出て、死人も出た。スズカ・リョウジを始めとする行方不明者も出ている。しかしそれでも多くの人間が生き残った。十数年前の悲劇に比べれば奇跡的とも言える結末に終わった。
魔物達の大半も狩りつくされたが、予断は許されない状況である。夜になって引き返してきたのは、敵の残存戦力による夜襲や反撃を警戒してのことだ。
しかし、街の為に戦った戦士たちは大いに感謝され、歓待を受けた。狩り残された魔物達への対処に彼らの力が必要であるという現実的な理由もあるが、兎も角街のために戦い血を流し街を守りきったのは事実なのだ。
翌日、戦士たちはトキヤの街の周辺を捜索し、残っていた魔物達を狩るように殲滅した。そして戦勝の祝宴に参加した更に翌日、皆は各々の生活に戻っていった。
ある者は元々の目的のためにトキヤに留まり、あるいは衛兵の生活に戻り、あるいはトキヤに定住し……しかし大半はトキヤから離れて別の街へ旅をする。その中に英雄の一人でもあるツバサも含まれていた。
トキヤの町長達の引き止めを固辞し、ツバサはトキヤを後にした。彼女の旅に終わりはない。もし終わる日があるとすれば勇者に、英雄になり、その役目を果たしきったと自分が確信した日だろうとツバサは考えている。
しかし、人々を救ったと言えどツバサの顔は明るくなかった。
(リョウジさん、どこにも居ませんでしたね)
戦いを終えてトキヤの街に帰還したツバサであったが、この戦いの立役者であるはずのリョウジはどこにもいなかった。噂では敵の別働隊を阻止するために一人で出撃し帰ってこなかった、と言われている。また、戦いに怯えて逃げ出したと口汚く罵る者もいた。
しかし、ツバサは確信している。リョウジが戦ったことを。この街を守ったことを。もしツバサがこの街を守った英雄だと言うなら、リョウジもきっとそうであるはずなのだ。
ツバサがトボトボと歩いていると、木陰の草むらで何かが動いた。咄嗟にツバサは身構える。それはボロボロになり、血に塗れた生き物……死霊術により蘇った死体かと錯覚するほど酷い状態だった。
「ああ、くそ……」
しわがれた声。しかしツバサは聞き覚えのある声に聞こえた。ソレと目が合う。
「お前……」
「リョウジさん……?」
リョウジは居心地悪げに頭を掻く。唾を飲み込みしわがれた声は少しまともになったらしい。
「ったく、逃げ出そうと思ったらこのザマだ。ざまあねえな」
ボロ雑巾のようになっているリョウジはのそりとトキヤの方を見る。
「街は……無事か」
「……ええ、リョウジさんのお陰で」
「何のことだ。俺ぁ知らねえぞ」
リョウジはすっとぼける。ツバサはリョウジをしっかりと見る。その衣服も鎧も血塗れだが傷は一つも無い。何れも返り血だろう。やはり、戦っていたのだ。恐らくはたったひとりで。伏兵として配された複数の魔族を相手に。
「どこへ行くんだ」
ただ突っ立っているツバサにリョウジはそう問いかける。ツバサは自分の行先を見た。
「アマツヤシロへ向かおうかと。ご存知ですか、アマツヤシロは……」
「ああ。神剣伝説のある土地だな」
「私の同行者が一足先にそこで待っているはずなんです。ですが……」
ツバサは口をつぐむ。そして口を開こうとした時、リョウジが口を開いた。
「なあ、俺もついていっていいか」
「え?」
「良いものを見せてもらった」
リョウジは自分の手を握り、開く。その手を見ながらつぶやく。
「お前ならきっと英雄になれる。俺はもう英雄失格だろう……だが、まだ戦う力がある。どのみちトキヤの奴らは俺をもう必要としてないだろう。俺もトキヤに戻るつもりはない。なら、誰かの為にこの生命を使ってみたくなった」
「リョウジさん……」
「……迷惑か?」
ツバサは必死に頭を振る。そして。
「いえ、いえ! 是非!!」
「……そうと決まれば、まずはこの返り血を落とさないとな。臭くてたまらん。道中に川があったかな」
そう言いつつリョウジは歩きだす。ツバサはその後を追いつくまで少しの間小走りで駆ける。
人々を救った英雄と、人々に反逆した英雄。後にそう呼ばれる二人の英雄はこうして邂逅し……そして、肩を並べて歩き出した。
やがて訪れる死が、二人を分かつまで。
作品名:レイジア大陸英雄譚序幕 作家名:ラルセト