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急行電車 10両目

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 聞きなれない言語に気を取られていると電車がホームに入ってきた。暗闇を強引に押しのけ、銀色の立方体は進む。ちょうど私の目の前で最後の一両の最後の扉の前に止まると、頑丈な自動ドアが開き始める。銀色の車体にいくつも取り付けられた窓から見える車内にはどうやら人がいないようで、車内の椅子はすべて空いている。転倒防止ドアに映っていた黒い私はそこには映りこんではいない。その風景を切り取る窓の上、車体に二本すっと伸びるただの銀色の直線がなぜか車体から浮いているように見えてきた。その線を最後尾から先頭車両まで眺めようと目線を先頭に向けていくと、その途中にあった汚れた行き先表示には確かに、普通に「新宿」とあったのだが、その横にあったのは緑色の「急行」の文字だった。さっきも言ったが、この駅には急行は止まらない。通り過ぎるはずの急行電車が止まっている、そして聞こえていたアナウンスはどこか知らない国の言葉、どうも今日の散歩は普段とは違うようだ。そして人は誰も降りてこない。少し曲がって伸びるホームには明るい電気が寂しく広がる。それでもその風景はいつもと変わらないもので、聞こえる音だけがいつもと違う。そのおかしな変化に惑わされたのか、日々との違いを恐れることは一切なかった。私はそのおかしな電車に一歩足を踏み入れ、その直後、私を待っていたかのように電車の扉が閉まった。ドアには十号車と書かれている。振り返ると向こう側のホームは目がかすむほど明るい場所だった。
 
 ドアが閉まった直後に違和感がやってきた。昼過ぎとはいえ、電車は地下を走っているため、外日は差し込まず、私は蛍光灯で照らされた車内の内装を見ていた。いつもならば椅子が左右に並び、吊看板が頭上に並び、次の駅を小さな電光掲示板は映すが、目の前に広がっているのはいつもの電車ではなく、いつか、テレビか何かで見た外国の電車の物にそっくりだった。誰が座ったのかわからないため、綺麗とは言えない椅子に付いた埃一つとってもそれは日本の東京の京王線のものではない。どこかからかふわっとやってきたのか。昔、走っている電車の窓からタンポポの綿毛うまく入り込んだことがあった。それと同じようなら、埃が長い旅を終えてやってきたのもまあ、理解出来なくもない。しかし小さな窓からそれより大きい椅子がぼんっと飛んでくることはまず、ないだろう。まして、外国のどこかの空気が一気にこの車両一つ分の空気と入れ替わることはもっとないだろう。人と人で澱んだ京王線の空気が窓からでて、今のこの外国の空気と入れ替わって、どこかで固まってどこかを澱ませてるならば、それはそれでおもしろいことで、そういう妄想は次々に出てくる。しかし、昼過ぎの空気も人々の生活によって澱んでいる。ならば、どこに行こうが京王線の中の空気はその存在を誰にも気づかれることはないだろう。
澱んでいるといった京王線の空気だが、私はその澱みをそこまで嫌ってはいなかった。むしろ、他の電車の空気のそれより好みなものだった。理由はわからない。
 最後尾から見える景色はなかなか疾走感があり、それまでの車両たちに切られてきた風景がさっと流れていく。
 細長く、乱雑に、粉々にされた木とか、ビルとか、そういう東京の風景は電車を過ぎた後、また一つにまとまっていく。電車が通る前と同じように復元され、何もなかったかのようにそこに居続けるのを、誰も変に思わない。
 外国風の車内を新鮮な気持ちで見ていると、なぜか先頭車両の方に向かいたくなった。椅子と椅子で作られたまっすぐな道が、進めと言っている。ガラスに映る線路道の映画はいつも通りで、今日も赤いポストは元気に立っている。あの猫もちゃんと伸びをしている。変わっているのはこの電車だけ。もし、この椅子のどこかに日本人らしくない人が一人でも乗っていれば、この外国の電車は完全に完成するのだが、そこまでうまくいくはずもなく、この妄想に近い電車は進んでいく。東京の澱んだ空気は入ってこない。
この電車は椅子が新幹線のように設置されている。真ん中を歩き、一列一列椅子を超えていくと、その度に自分の足が速くなったように思えた。左右に少し揺れるたびに、椅子の背を手すり代わりに前に進んだ。埃がゆっくり舞って、そこにビルとビルの隙間からの太陽が一瞬差し込んだ。雨はやんでいるようだ。傘を取っ手にかけ、光に反射して綺麗になる汚い埃をつかもうと手を伸ばした。なぜか、わからないが、散歩ではこういうことがよくある。手を伸ばすと重心がずれ、それに電車の進行も加わり、私の体を前へ前へ傾ける。一度、大きくブレーキがかかり、椅子の群れを一気に抜け、九両目に続くドアまでついた。そのドアだけはいつも通りの京王線のものだった。この向こうはいつも通りの京王線なのだろうか。どちらに転ぶかで進むかを決めるというわけではないが、どうもこの先に奇妙な何かを期待する。今日の散歩は一層変で、奇妙で、面白いのだ。半透明で向こうが見えないドアをスライドさせ、九両目に入る。後ろの外国の電車はきっともう普通の京王線に戻っている。
作品名:急行電車 10両目 作家名:晴(ハル)