フレグラウンド・ボックス
いつのことかは忘れてしまったけれど、どこかの町はずれでの出来事。ヨシユキ、スギヒロ、トシロウ、ヒロシ、トモアキの5人で歩いていると、目の前に、大型図書館のオーディオコーナーにありそうな個人ブースが五つ並んでいた。その上部には、「Fraground Box」(フレグラウンド・ボックス)と書かれた板が載っていた。ヨシユキは
「何か面白そうだね」
と一言、そのまま入っていった。ほかのメンバーも、残りの個人ブースに各自入った。
ヨシユキが左端の個人ブースに入ると、そこにはヘッドホン装置のつながれた大きめの1人用ソファーがあり、その壁にはアロマランプが差さっていた。そのすぐそばの壁には、
「ステップ1.このアロマランプをオンにしてください
ステップ2.ヘッドホンを装着してください
ステップ3.ソファーの側面にある白いボタンを押してください」
と書かれた貼り紙があった。
彼は壁に貼ってある指示どおり、アロマランプのスイッチをオンにした。次に、彼はソファーに腰掛けてヘッドホンを着け、ソファーの側面にある白いボタンを押した。少したって、心地よい風の音がヘッドホンの奥から聞こえ、爽やかな香りが個人用スペースに満ちた。
「お、風の音だ。そしていいにおい」
彼はすっかりリラックスモードになった。
スギヒロはその隣の個人ブースに入った。彼は壁に貼ってある指示どおり、アロマランプのスイッチをオンにし、ソファーに座ってヘッドホンを着け、側面の白いボタンを押した。ヘッドホンからは、波の音が聞こえ、アロマランプからはマリンブルーの爽やかな香りが漂っている。スギヒロは、静かに目を閉じた。両目を閉じた顔の魅力的なこと。もしこの空間に女性がいたら…いや、考えるだけでもある意味恐ろしい。(あ、失礼)
トシロウは中央の個人ブースに入った。彼も壁に貼ってある指示どおり、アロマランプのスイッチをオンにし、ソファーに座ってヘッドホンを着け、側面の白いボタンを押した。しばらく何も聞こえなかったが、突然、ヘッドホンの奥から、リンゴか何かが落ちる音がした。数十秒後、再び同じ音がした。
「…?何の音だ、これ」
不思議がる彼のそばで、アロマランプの上部のアロマオイルは、森林の香りを放っている。
何の音なのかトシロウにはわからなかったが、ヘッドホンからは一定の時間間隔で音が聞こえたため、彼はうとうとし始めた。
ヒロシは右から2番目の個人ブースに入った。彼も壁に貼ってある指示どおり、アロマランプのスイッチをオンにし、ソファーに深く腰掛けるとヘッドホンを着け、側面の白いボタンを押した。ほどなく、アロマランプからは爽やかで清らかな香りが漂い、ヘッドホンからはせせらぎの音が聞こえた。
彼はソファーの肘掛け部分に片腕を載せて、両目を閉じた。彼の口は笑っていた。どんなことを想像していたのだろうか。
トモアキは一番右の個人ブースに入った。彼も壁に貼ってある指示どおり、アロマランプのスイッチをオンにし、ソファーに深く腰掛けるとヘッドホンを着け、側面の白いボタンを押した。するとどうだろう。ヘッドホンからゴロゴロっという音が聞こえた。トモアキの鼓動がやや強く、速くなった。この音、もしや…。彼がそう思ったとき、ヘッドホンからは雷鳴が聞こえた。いよいよトモアキの顔から血の気が引き、両膝を震わせた。そのうえ、アロマポットからは誰もが嫌いそうな「あの果物におい」がしている。
「なぜ、なぜ雷の音…?」
トモアキが震えながらそう言った直後、再度雷鳴が聞こえた。彼はこの空間を襲う悪臭と、自分の一番嫌いな音が鳴っているのとで、全身が震えた。
約30分後、マイミとスズコが、なかなか帰らない男性陣を迎えに行くために歩いていると、大型図書館のオーディオコーナーにありそうな個人ブースを五つ見つけた。もしやと思った彼女たちがそれに近付くと、5人がそれぞれ違う香りを伴って次々と個人ブースから出てきた。ヒロシは
「マイミちゃん!やっぱり来たんだね!」
とうれしそうに言うと、彼女に抱き付いてきた。そんな彼に、マイミは苦笑い。
「やだ、何、ひーちゃん?」
スズコは、トモアキが妙なにおいを漂わせていたので、思わず顔をしかめた。
「…もうあの空間やだわ、俺」
スズコは、それ以上、何も言えなかった。
― Fin ―
作品名:フレグラウンド・ボックス 作家名:藍城 舞美