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The Zone

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 2016年7月22日 和田飛鳥はサンフランシスコ国際空港に降り立った。

 飛鳥はアメリカンフットボールの選手、今年大学を卒業し、社会人チームに加入したばかりだが、元より彼の夢は日本人初の全米プロアメリカンフットボールリーグ、NFLの選手となることだった。
 そして今、彼はその夢への第一歩を踏み出したのだ。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 アメリカンフットボールは、ポジションによって要求される体格や身体能力が大きく異なる。
 最前列でぶつかり合い、押し合うオフェンスライン、ディフェンスラインは190センチ・120キロはないと務まらない、中には2メートル・150キロなんて選手もいるほどで、ブルドーザー並みのパワーを持っていなければ務まらない、日本ではまず間違いなく大相撲にスカウトされるだろう。
 飛鳥の体格は175センチ・80キロ、ボールを抱えて走るランニングバックや、相手陣内に深く走りこんでパスを受けるワイドレシーバーならばそれ位の体格でも務まるが、こちらのポジションは100m10秒台の俊足の持ち主でなければお呼びでない。
 いずれにしても、日本人では体格、身体能力では本場のアメリカ人にはどうしても後れを取ってしまう。
 そんな中で日本人初のNFLプレーヤーが誕生するとすれば、それはキッカーだろうと言われている、キックの飛距離では多少及ばないとしても、キッカーには正確性も重要なのだ、ラグビーにおける五郎丸選手の活躍がその可能性を示しているのはご承知の通り。
 しかも役割分担が細分化されているアメリカンフットボールでは、キッカーはボールを蹴ってゴールに入れる、それだけの役割のためにフィールドに登場するのだ、そこに体格的なハンデはほとんどない。
 それに加えて、今シーズンからタッチバックからの攻撃開始位置が従前の20ヤード地点から25ヤード地点に改正される。
 タッチバックとはキックされたボールがエンドゾーンを超えてしまった場合、あるいはエンドゾーン内でフェアキャッチされた場合の措置のこと、レシーブ側のチームは従前自陣20ヤード地点から攻撃を始めていたのが、自陣25ヤード地点からと、レシーブ側に有利にルール改正される。
 この改正によって、キックオフで相手ゴールラインとサイドラインのコーナー、通称コフィン(棺桶)コーナーを狙えるキックの正確性がより重要視されるようになったのだ。

 飛鳥は大学時代、60ヤードのフィールドゴールを決めて注目を浴びた。
 100年近い歴史を持つNFLでも60ヤード以上のフィールドゴールが決まったのは12回だけ、そのうち、2回決めた選手が1名いるので、延べ11名の選手しか決めていないのだ。
 本場アメリカのプロと、アメリカンフットボールがまだまだマイナーな日本の大学では実力的に大きな差がある事は誰にでもわかる、しかし、フィールドゴールだけを取って見れば条件にそう大きな差はない、アメリカの60ヤードは日本でも60ヤード、フィールドゴールを阻止しようとジャンプするディフェンス選手の身長が違う位のものだ。
 しかも、飛鳥のキックが正確であることには定評がある、ドラフトの対象にまでは取り上げられずとも、複数のチームがこの日本人キッカーに興味を示した。


 飛鳥が空港からバスに乗り換えて向かったのは、カリフォルニア州ナパ・バレー、そこでNFLの古豪、オークランド・バンデッツのサマーキャンプが行われる、飛鳥は2日後から始まるキャンプにテスト生として参加することになっているのだ。
 彼がキャンプ参加を打診して来たチームの中からバンデッツを選んだ理由、それは、憧れの選手が在籍しているからに他ならない、60ヤード超えのフィールドゴールを二度成功した史上唯一の選手、セルゲイ・コワルスキーが所属するチームこそ、そのオークランド・バンデッツなのだ。

 コワルスキーはプロ17年目の38歳、アメリカンフットボール選手の中では選手寿命が最も長いとされるキッカーの中でも大ベテランの部類に入る。
 まだ目立った衰えはなく、現在もNFLを代表するキッカーの一人に数えられるものの年齢を重ねるにつれてケガのリスクは高まる、バンデッツとしてはバックアップのキッカーが欲しい、そして飛鳥の側からしても、NFL最高のキッカーのプレーを間近で見れば学べるものも多いはず、その上で数年後にコワルスキーに取って代われるならば、それが飛鳥にとってもバンデッツにとっても最高のシナリオ、両者の思惑が一致してのキャンプ参加なのだ。

 7月24日、いよいよルーキー達のキャンプイン。
 まだユニフォームも支給されず、それぞれ大学時代に着用していたユニフォームで、しかも防具をつけない基礎体力づくり段階の練習。
 飛鳥のようなテスト生も少なくない、ドラフト指名された者はともかく、テスト生にとってはこのキャンプでコーチ陣の目に留まらなければ明日はない、既に自主トレーニングで体は作り上げてきていて初日からフルスロットルで飛ばす。
 テスト生と言っても数多ある大学チームから、32チームしかないプロのキャンプへの参加が認められた精鋭達だ、俊足が求められるランニングバックやワイドレシーバーの選手達は風のようにフィールドを駆け抜け、鋭いカットでディフェンスを置き去りにし、体格とパワーが求められるラインの選手達は100キロのバーベルを軽々と持ち上げ、スレッドと呼ばれる重い鉄製の橇をどこまでも押して行く。
 飛鳥にとってはどの選手をとっても驚くべき能力を持った選手達だが、3日目にはテスト生の半分はフィールドから去って行った……改めてアメリカンフットボール最高峰のレベルを思い知らされて気が引き締まる。

 3日間の練習でロングスナッパー、ホルダーとのタイミングを調整した飛鳥は、ベテランが合流する前日の7月27日、生き残りをかけたテストに臨んだ。
 まずは最も頻度が高い15ヤード地点からのフィールドゴールから。
 もっとも、15ヤード地点と言うのはボールが置かれている地点、ゴールポストは10ヤードあるエンドゾーンの後端に位置し、スナップされたボールをホルダーがキャッチして立て、それにタイミングを合わせてキックするためにはボールの位置から7ヤード下がる必要がある、つまり実質32ヤード、約29メートル先の、地面からの高さ3メートル、幅5.6メートルのゴールポスト内に蹴りこまなくてはいけないのだが、プロのキッカーなら95%の確率で成功させる、ロングスナッパーとホルダーにミスがなければ100%成功させなければならない距離だ。
 テストは10本行われたが、飛鳥は全てをほぼ真ん中に蹴り込み、確実性が高いことを証明した。
 ボールの位置を5ヤードづつ下げながらテストは続けられ、40ヤード地点、実質57ヤードのフィールドゴールを10本中6本成功させた時点で首脳陣の顔に笑みが浮かんだ。

 続けてキックオフのテスト。
 185センチ、120キロの堂々たる体躯を持つコワルスキーは、しばしばゴールポスト後方のスタンドにボールを蹴りこんでしまう、100ヤード、90メートル級のキック力を誇るのだ。
作品名:The Zone 作家名:ST