もうかけない
少女は一睡もしていない瞳でとろんと窓のほうを見上げ、天に近い場所からのぞきこんでいる生き物を睨んだ。
「なんだ、カラスか」
正面から見ると、わりと間のぬけた顔をしていて、かわいいと言えなくもない。
カア、とひと声鳴いたのを、「何やってるんだ」と翻訳して、少女は顎を上げて答えた。
「ぶちこまれたんだよ、見りゃ分かんだろ」
ふうとためいきをついて、肩の上でふぞろいに揺れている黒髪をかきあげる。
彼女の名はゼロ、漢字では「世論」と書くので、ちょっと当て字っぽい。変わり者の祖父が酔っぱらった勢いで思いつき、ゴリ押しした結果だと、小学生のときに聞かされていた。珍しいしカッコイイので、彼女自身はけっこう気に入っている。亡き祖父の墓前にショートホープを供え、「サンキュー、じいちゃん」と手を合わせるくらいに。
レンガでできた小さな牢獄の中で、脱出を諦めきれないゼロは、壁を登ろうとしてみたり、あれこれ工夫をこらしていたが、どれも無駄な抵抗だった。
横に長く、楕円を美しく加工したような瞳には、すでに焦りしか残っていない。額に斜めにかかる前髪は汗に濡れ、白い肌に熱烈なキスをかましている。
普段の彼女は、もっと斜に構えた、クールな一匹狼だ。こんなふうに危機に陥って焦るなんてこと、めったにない。首元が大きく開いたイタリアンカラーの半袖シャツに、灰色のブレザー、クリーム色と茶色のチェックのスカートで構成された制服の下に、ゼロは人間らしさを押し隠していた。今、完全に一人の空間に来て、煙が立ち上るようにそれが噴出しているのかもしれない。
自分を落ち着かせようと、壁際に腰を下ろして、短いスカートから伸びている脚を組み替え、化粧を直す姿には、殺伐とすさんだ空気が漂っていた。
ここは学園の敷地内にある、問題行動をした生徒用の牢屋だ。小さな小屋だが、窓は天井付近にしかなく、その薄暗さが生徒を心細くさせる。ゼロがここに入れられたのは、レナのスカートの中を盗撮していた観客の腕をひねったからだった。
もう二年生なのに、未だに、学園の特殊なシステムや決まり事になれていないゼロは、
こうして頻繁に、反省を促されている。
「こんな学校に、入るんじゃなかったな」
本当は進学する気だってなかったのだ。
お節介なレナに説得されて、ノッてしまったのが運の尽きだった。