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夢守の歌

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錆びた自転車のせいだけではないが、最近この仕事も飽きてきて効率が悪くなってきている。毎夜毎晩同じ事の繰り返しで、ただただ見回りをしているだけだ。

 エムイの職業は『夢守(ゆめもり)』。

 キコキコと、ちょっぴり錆びた自転車をこいで、『夢の森』を今夜も巡る。仕事は『隣の夢との干渉を防ぐ事』、そして『夢を守る事』。



 ウムイツカは見回りから帰ってくると、エムイの入れてくれたアップルティを一口飲んで落ち着いた。
「ありがとう、エムイ」
 彼女はエムイに笑顔を見せると、楽しみにしていた読みかけの文庫本を取り出し、静かに読み始める。
「あのね、ウムイ。昨日ね……」
「ゴメンね、エムイ。あたしが本読んでる時は邪魔しないでね」
 ウムイツカはこの仕事の『昼担当』。昼はもちろん寝る人が少ないので仕事も楽だが、その分『暇』で仕方ない。彼女のようにやる気はあるが昼を任されている者は大抵、趣味の時間を非常に大切にするのだ。
「そうだったね、ゴメンよウムイ。読み終わったら、また感想聞かせてよ……」
 エムイは哀しそうに、冷めかけたアップルティを口にした。



 そもそも『夢の森』とは、みんなの意識の外にある広い空間。ぷかぷかと浮かんで流されないように、夢の方から決まって『夢の森』に迷い込んで来る。そして、目覚める頃にみんなのもとへと帰って行く。



「や、やぁイルメニ。お帰りなさい」
 イルメニは夕方から夜を担当している。彼ほど真面目に、そして適切に仕事をしている『夢守』はいない。
「ただいまエムイ。……そんなアップルティはいいから早く巡邏に行ったらどうだい? 自分の事は自分でやるから」
 エムイは帰って来たイルメニの分のアップルティを作ろうとしたが、ティポットごと取り上げられてしまった。追い出されるようにエムイは、またキコキコ軽快に鳴く自転車に乗って夢の見回りに出かけた。

 一番大変なのは『夜担当』である。言わずと知れた『夢見る時間』なのだから。
「イルメニはいいな。夕方なんて居眠りや仮眠の時間だよ。隣と干渉する前に、みんな目覚めてるじゃないか」
 エムイは最近『夢の森』までの道のりで、よく愚痴るようになっていた。悪い癖だとわかっているのだが、思わず口に出てしまうのだ。
「あんなに真面目だったら、仕事がきっちり出来て楽しいだろうなぁ……」
 ぶつぶつと小言を言いながら、『夢の森』を自転車で回る。新任でいきなり『夜担当』になるなんて『夢守』の歴史の中でもそう多くはない。最初のうちはそれを誇りと思って仕事に取り組んでいたものだ。今の平穏で単調で張りのない現状では、当時の誇りも大分薄れたエムイであった。



 錆びた自転車のせいだけではないが、エムイはこの仕事に飽きてきて効率が悪くなってきている。『夢の森』に流れ着いた夢は、時々隣の夢と干渉してしまう。
 夢が干渉してしまうと他人同士が同じ夢を見てしまったり、夢がきちんと本人に帰らないケースがあるのだ。しかし、夢干渉はそう起こらない現象。見張りをしていても、何もしない日々がほとんどだ。時には夢を覗き込み暇を潰す事もあるが、夜の夢の量を足早に見回りしたとしても、時間通りには全てを終えない事もよくある。




 ある夜の出来事だった。
 いつものようにエムイは『夢の森』を見回っていた。
「あの子供は可哀想、こんなに怖い夢を見てる。……あっ、あのお父さん、寝てるのにまだ仕事の夢だ」
 森の木々に今夜もいくつもの夢が流れ着き、さまざまな『自分だけの世界』を繰り広げられていた。そんな中、ひとつだけ他とは違った夢があった。
「あの女の子、また同じ夢見てる……」
 何日か前から気付いていたのだが、意中の異性を強く思う女の子が現実では届かない思いだから、と夢の中だけで我慢している夢なのだ。しかも、とても切なく可哀想なくらいの純真さ。
 エムイは『どうにかしてあげたい』といつも考え悩んだ。だがしかし、夢の操作は『夢守』の仕事ではなく、いつも見守っているだけなのだ。

 次の日も、そのまた次の日も、少女は同じ切ない夢を見続けた。もっと高望みをしてもいい夢は見られるのに、少女自身がその切なさを望んでいるのだ。
 いつの日かエムイは、その少女の事に心引かれる様になっていった。




「あのね、ウムイ。この前ね……」
「だからね、エムイ。あたしが本読んでる時は邪魔しないで」
 今夜もエムイはウムイツカに悩みを告げる事が出来なかった。そしてそのまま、イルメニと交代していつもの『夢の森』へ見回りに出かけた。

「今夜こそ……」
 エムイは心に決めて見回りに出た。
『あの少女のためにしてあげられる事』をひたすら考え、出た答えは『いい夢を見てもらう』だった。 

 エムイは『夢の森』に入るとすぐ少女の夢を探した。その夢は、今夜も切なさと純真さに満ちて『夢の森』に浮かんでいた。
「せめて夢の中だけでも……」
 エムイは次に、別の夢を探し始めた。それは少女が強く思う意中の異性の夢……。




「エムイ、どうしちゃったの?」
 ウムイツカはなかなか帰ってこないエムイが心配で『夢の森』の近くまで迎えにきていた。
「あのね、ウムイ……。この前とっても可哀想な夢を見つけちゃったんだ……。だからボク……」
 エムイは夢の森を抜け、キコキコうるさい自転車を押して歩いていた。
「ボク、夢守として失格かな。夢干渉させちゃって、ちゃんと仕事をしていない……」
「何言ってるのよ、あたし達の班では一番がんばってるじゃない。夢干渉の事はイルメニには黙っといてあげるから、早く帰って元気出してあなたのスペシャルアップルティ入れてちょうだい」
「ありがとう、ウムイ」

 ようやく笑顔が戻ったエムイは、また自転車を愉快にキコキコ鳴らせて走った。ウムイツカは久々にエムイの後ろに乗って風を楽しんでいた。




 錆びた自転車のせいなのだろうか、最近また仕事が楽しくなってきて、キコキコと鳴く自転車が愛しくも思えてきた。毎夜毎晩、ただただ見回りをしているだけだが、こんな自分でも出来る事はあると教えてもらったような感じがするのだ。

『夢の森』とは、みんなの意識の外にある広い空間。ぷかぷかと浮かんだ夢の中には、もうあの可哀想な夢はない。おそらく、現実世界で切ない思いをしなくなったのだろう。
 エムイにとって夢の森で少女に会えなくなった事は残念だが、幸せであるならそれでいいのだ。



 エムイの職業は『夢守(ゆめもり)』。キコキコと、ちょっぴり錆びた自転車をこいで、『夢の森』を今夜も巡る。仕事は『隣の夢との干渉を防ぐ事』と『夢を守る事』。

 そして『夢見る者を幸せにする事』。

作品名:夢守の歌 作家名:みゅぐ