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雨降り(掌編集~今月のイラスト~)

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「楠木!?」
 協力会社との打ち合わせの帰り、大通りを渡ろうとすると青信号が点滅し始め、俺は渡るのを諦めた、そして俺の前に走って渡ろうとしていた女性も中央分離帯で立ち止った。 
(……もしかして……) 
俺はあまり効率的とは言えない特徴的な走り方と、傘の陰からチラと見えた横顔にはっとなって思わず声をかけた、それが彼女だと言う確信まではなかったのだが……。
 しかし、振り向いた女性は確かに彼女だった、小さく手をあげてみせただけでにこりともしないのが彼女らしいところだが、ひと目で俺とわかってくれたようだ。
 信号が変わっても彼女は中央分離帯で俺を待っていてくれた……いつでも俺の一歩先を歩いていた彼女が……。

 楠木早苗……俺が小六の時に東京から転校して来た彼女は、何をやらせても抜群だった……スポーツを除いて、だが。
 それまでは「学年で一番できるヤツ」だった俺はその座を滑り落ちた、五年生の時に卒業式で送辞を述べたのは俺だったが、翌年の卒業式で答辞を述べたのは彼女だった。
 中学に上がってからも彼女にはどうしても敵わなかった……彼女は体育だけは3だったから通知表だけなら俺の方が上だったが……しかしそこには大きな差があることはわかっていた、同じ「5」でも俺の「5」はメーターにまだ余裕があるが、彼女の「5」は針が振り切れている「5」なのだ。
 ここら辺では進学校と言えば県立高校、俺と彼女は同じ高校に進み、高校を卒業すると俺は地元の国立大へ進んだが、彼女は東京の国立大へ……結局、一度も追いつくことが出来ないままそれぞれの道へ進み……それから10年が経っていた。
 

「久しぶりね、佐藤君」
「ああ、高校卒業以来だね」
「そうね、この近くに勤めてるの?」
「そう遠くはないけど……駅で3つ先」
「そう……私はすぐそこ……」
「今は何やってるの?」
「司法書士よ、佐藤君は?」
「ま、サラリーマンだね、企画やらせてもらってるから楽しいけど」
「ふふふ、高校の頃から学園祭って言うと張り切ってたものね」
「てっきり東京にいるものだと思ってたよ」
「今年の4月からよ、こっちの事務所に移ったのは……」
 彼女はふと雨の歩道に視線を落とした……その横顔に、(仕事上の理由だけではなさそうだな)と感じた……気の廻しすぎかも知れないが。
しかし、俺はそれ以上何も聞けなくなってしまい、ちょっとの間沈黙が流れた……。
「雨もいいわね……」
 彼女の独り言のような言葉で沈黙は破れたが、淀んだ空気はむしろ重さを増してしまう。
「そう? 鬱陶しいじゃん」
「雨の日って、なんだか時間がゆっくり流れる気がするの」
「良くわからないな」
「私だけかもね、それもこっちに戻ってからよ、そう思うようになったのは」
「ふぅん、どうしてかな?」
「さあ……私にもわからないけど……」
 さっきよりも少し長い沈黙……何か気の効いた事を言いたかったのだが、頭の中はぐるぐる回っているくせに何も浮かばない。
「まあ、私にもいろいろあったのよ……」
 俺が口ごもっているのを救うように彼女は微笑んでそう言ってくれたが、俺には無理に作った微笑にしか見えなかった。

「ところでお昼は?」
「あ、まだ食ってない、打ち合わせが少し伸びちゃってさ」
「私もこれから、一緒にどう?」
「いいね」
「そこの喫茶店でいいかしら……ナポリタンがわりと美味しいわよ」
「ははは、覚えててくれたんだ、俺の好物……今でも良く食うよ」
「うふふ……お弁当箱にナポリタン詰めて来るのって佐藤君くらいだったもの」
「ははは、そうだったっけ?……そっちこそサンドイッチばっかりじゃなかった?」
「うふふ……そうだったかも……」
 ようやく高校時代そのままの笑顔を見ることが出来た。
 
 向かい合って座り、ナポリタンとサンドイッチを食べながら思い出話などしていると様々な情景が蘇って来る、彼女も楽しそうにしていてくれた……で、その時、やけにはっきりと思い出したことがある。
 彼女の弁当は決まってタマゴサンドとハムサンド、それに野菜サンドだった。
 三角じゃなくて横に切った、耳を落としていない食パン、紙ナプキンを敷いた プラスチックの黄色い籠状のランチボックス、そして購買部で売っていたブリックパックのカフェオレ……ブリックパックの柄まで憶えている。
 どうしてそんな細かな事を鮮明に思い出したのか、自分でも良くわからない、毎日向かい合って弁当を食っていたわけでもないのに……。
 でも。
 横断歩道で躊躇なく呼び止めたのと同じ理由からなんだろう……たぶん……。 

 彼女は食後のコーヒーを口元に運びながら雨の街をぼんやりと眺めている。
東京で何があったのか、彼女は語らなかったし、俺も無理に聴こうとは思わない。
 魂が少しばかり抜けてしまっている様に見える横顔……いつもゆるぎない自信を湛えていた頃の彼女は見せたことがない表情だ……。
 俺の視線に気づいたのか、彼女がふと俺を見た時、俺は視線を逸らさなかった。
 なんだか逸らしてはいけない気がして……。