嘘つきな正直者達
彼は正直者な高校生だ。さらに言うと、困っている人を決して見捨てない正義感の持ち主でもある。そんな彼は、嘘吐きがきっと嫌いなのだと思う。だから私の本性を知った時、彼は私に失望をするのかもしれない。
「君は、いつも僕のしていることを手伝ってくれるね」
自主的な清掃。彼が勝手に始め、私も自分勝手な理由で手伝っている。正直かつ誠実、人格者な彼の気を引きたい、私が善行をするのは、ただただそのためだ。彼に嘘を吐くことが、行動を共にして印象を良くする手段なのだ。
しかし私は嘘吐きではあるけれども、別段嘘を吐くことが上手なわけでもない。きっと、近いうちには心の内が彼に知られ、私は拒絶をされて彼と一緒にいることが出来なくなってしまうだろう。だから、もうちょっとだけこのままの関係でいさせてください。「好きだ」という言葉も飲み込んでおきます。だから、お願いです。
私たちは掃除を終えた。西日が教室に差し込んでいる。日が暮れて、部活動の喧騒も和らいできた。彼と私、二人だけの時間も終わろうとしている。
「それじゃあ、僕は帰るね」
私は彼を見送った。「一緒に帰ろう」と誘うのはとても難しい。ボロが出てしまうかもしれない、そう考えてしまうとさすがに一歩引いてしまうのだ。それでも、いつかは一緒に帰りたいと思ってしまう。私は我儘なのだと自覚する。やはり、私は嘘を吐いていないと彼の傍にいることが出来ない。こんな醜い私を彼には見せたくないと切に願う。
私も一人で帰る。一人だから、不真面目に買い食いをして帰る。昔彼がおいしそうに食べているのを見たから。お肉屋さんのメンチカツ、無類の味だ。
ある日の放課後、私は彼と二人でいつものように掃除をしていた。会話はない。普段もあまり私たちはおしゃべりをしているわけではないが、今日は静かすぎる。私から話しかけようにも、彼の複雑な表情がそれを躊躇させる。どうしたのだろうか、何か悩みでもあるのだろうか。
そうであるならば、その悩みを聞いて力になりたい。こう思うのは、私が彼に好意を持っているからだろうか、それとも「悩みを聞く人」が彼に好印象を与えると考えているからだろうか。嘘吐きな私だ、きっと後者だろう。自分がまた嫌になる。
私も彼も気がそぞろだ。集中できないままに、太陽も沈み始めている。今日の時間はここまでだ。
箒を片づけようと思った矢先、彼が口を開いた。
「話しておきたいことがある。いつか言わなくちゃって思っていた」
少し驚いた。私が知っている彼ならば、隠し事などしそうにないからだ。よほどに言い難いことなのだろうか。しかし、だから今日の彼は様子がおかしかったのかと、納得もした。
「僕は君が好きだ」
すごく驚いた。しかし、とても嬉しいことのはずなのに、素直には喜べない。私には後ろめたい嘘があるから、彼に嘘を吐いているから。
彼は話し続ける。
「君が好きだから、正直に話さなければいけないことがある」
「僕はあまり、人に褒められるような人間じゃあない」
どういうことだろうか。私が知る彼は仁徳にあふれる人間なのだが。
「昔、僕がごみを拾ったとき、君と目が合った。君は微笑んでいた」
私も覚えている。いい人なのだな、格好いい人間なのだなと思ったのはその時からだ。
「もう一度、あんな風に笑ってほしかった。だから僕は、正直に、誠実に生きようとしているんだ」
「君が見ているから、一緒にいるから掃除をする」
「君の気が引きたいから。僕は自分にも、君にも嘘を吐いていたんだ
私は何だか可笑しくなってきてしまった。思わず、声を出して笑ってしまう。
「どうしたの? 僕が君を好きなことがそんなに面白い?」
彼は不安げな顔で私にそう尋ねる。私は笑いを抑えながら、どうにか答える。
「ごめんね、そういう、ことじゃないの」
「なんだか私たちがすごく似た者同士だったから」
彼はきょとんとしている。それもまた可笑しかった。
なんてことはない。私たちは二人ともただの嘘吐きだったのだ。いや、彼はそれでも正直者だろう、思いと嘘を全て吐露してくれたのだから。
私は続ける。
「好きだ、の返事の前に」
「私もあなたに話しておきたいことがあるの」
今日は彼と一緒に帰ろう。
今日は彼と一緒にお肉屋さんのメンチカツを買い食いして帰ろう。
今日は彼と正直に話そう。
私たちは、嘘吐き二人から正直者二人になろう。