②銀の女王と金の太陽、星の空
言いながら鼻と鼻がくっつくほど顔を近づけて涼と視線を交わす。
すると、涼の目付きが明らかにおかしくなる。
「あ…。」
漏れた声は、体の芯がぞくりとするほど色っぽい。
「この契約書のサインは、おまえの直筆?正直に答えたら、してほしいことをひとつしてあげる。」
空の低い艶やかな声に、涼はうっとりと頷く。
「私がサインしました…。」
私たち3人は、同時に顔を見合わせた。
「…ご褒美は何がいい?」
尋ねる空の声は、耳を舐めあげるように艶やかで背筋にぞくりと痺れが走る。
「…もっと気持ちよくして…。」
答える涼の声は、吐息混じりに掠れている。
将軍を見ると、口元を手で覆い、涼から目をそらしていた。
涼の要望に応える前に、空はこちらをふり返る。
「って感じ。」
言いながら私たちに背を向け涼を隠す。
すると涼は空の首に腕を回し、抱きつく。
そんな涼を抱き締め、空は腰から背中を指で撫で上げた。
涼の喘ぐ声が小さく聞こえ、太陽も目をそらす。
「これは体に傷が残らないけれど、精神は少しずつ破壊されて、繰り返せば廃人になる。」
空は涼を抱き締めたまま、私たちをふり返り、斜めに見る。
「通常の拷問で肉体に大きなダメージを残すか、色術の拷問で精神に大きなダメージをに残すか、どちらがいい?女王様。」
私は息をのみ、涼をじっと見つめた。
「涼。」
私が呼び掛けても、もう反応がない。
うっとりと空を見つめている。
「もう俺の声しか耳に入らないよ。」
空は冷ややかな無表情で言う。
「次に色術を使ったら、もう術は一生解けない。」
(え!?)
「…ていうかさ。」
空は自分に抱きつく涼を無理矢理引き離すと、私に向き直る。
「自白させた後、どうすんの?」
私に一歩近づくと、目をそらしたままの太陽の頭を掴み、私の横に無理矢理立たせる。
「現実を見ろ。」
太陽がハッとした表情で、空を見る。
「おまえの母親だし、女王様にとっては母親代わりでしょ?」
空は私たち二人を、その涼しげな切れ長の黒水晶の瞳で静かに見つめる。
「もうこの女が王族3人殺したのは明白だろ。極刑は免れない。」
太陽は、空の後ろでぼんやりとしている自分の母親を見た。
もうすでに目の焦点が合っていない。
「王族殺しは普通、公開処刑でしょ?そうなると、太陽王子も立場が悪くなる。」
空は私を見下ろすと、鋭い目付きで静かに問う。
「そして、処刑の号令を女王様が出さないといけない。…できんの?」
私の横で、太陽と将軍が私を見つめるのが目の端にうつる。
『できる。』
即答しないといけないのは、わかっている。
でも、喉の奥がつまって、声がでない。
何度も言おうとするけれど、どうしても唇が開かない。
私は唇を震わせながら、空をジッと見上げた。
涙が一筋、頬を滑り落ちる。
すると、空がため息をつき、困ったような表情で私に手を伸ばした。
「ほんとに…こんだけの苦しみをおまえらに与えることになるって、想像しなかったのかね、この女は。」
言いながら、私の目元を親指でぐいっとなぞった。
「…涼は…。」
ようやく出た声は、これ以上ないくらい掠れていて、情けない声だった。
「私の母親でもあるし、太陽の母親でもある。でも」
両手の拳を強く握りしめる。
「でも、私の家族を皆殺しにし、国政を不安定にさせ、この100万の民を危険にさらした反逆者でもある。」
私は懐に手をいれると、短刀を取り出した。
「本来なら3日間晒して公開処刑すべき反逆者だけれど、太陽のことを考えるとそれはしたくない。」
言い終わると同時に、短刀の鞘を払った。
「自白後は、私がこの場で処刑します。」
太陽と将軍が息をのむ。
空も珍しく、驚いた表情をした。
「そして、国民に対しては『私の暗殺を企てた女官をその場で処刑した。』と発表します。」
空を見上げて、声を振り絞った。
「手を下すのは、私の仕事よ。」
空はしばらく私を見つめた後、その大きな手をポンッと私の頭に乗せる。
そしてその手を滑らせ、頬を撫でた。
「りょーかい。」
そう言った空は、今まで見たことのない、穏やかで優しい笑顔だった。
「じゃ、拷問はどっちでもいいよね?」
空が将軍を見ると、将軍は涼を見た。
「勝手な願いなのはわかっている。だが、最後に一度術を解いてくれないか?家族で、言葉を交わしたい…。そして自ら話すように、説得したい。」
言いながら、私を見る。
「女王様…許して頂けますか?」
私は短刀を鞘に納め、小さく頷いた。
「涼を害さない約束ができるなら。」
すると将軍が腰の剣をすぐに外し、空へ渡した。
太陽もそれに倣う。
私は銀河と視線を交わすと、空を見た。
「術を解いて、空。そして私たちは席を外しましょう。」
銀河は頷くと、ポケットからハンカチを取り出し、私の頬と目元を優しく拭ってくれた。
空は涼の口に、いつものミントの粒を押し込む。
「噛め。」
涼は焦点の合わないぼんやりとした目つきで空を見ると、言われた通り粒を噛んだ。
そのとたん顔をしかめ、いつもの涼の表情に戻った。
「涼!」
「母さん!!」
将軍と太陽が涼へ駆け寄るのと同時に、空は私と銀河の肩を抱いて地下牢の入り口まで移動した。
「見直したよ、女王様。」
空がその瞳を三日月に細め、私の後頭部を撫でながら笑顔で囁く。
「でも、無理はしなくていい。」
意味深な言葉に、私と銀河は空を見た。
空はふっと自嘲気味に笑うと、将軍と太陽がいる方をチラリと見た。
「汚れ役は俺の仕事だ。」
その横顔は彫像のように美しく、どんな表情でもどの角度でも完璧な容姿を、私はうっとりと見つめた。
初めて気がついたけれど、空の耳には黒水晶の小さなピアスがあった。
それが余計、色気を引き立たせる。
「ひとつ立ち入ったことを訊くが。」
ハスキーな声が小さく響く。
銀河の言葉に、空がこちらへ向き直る。
そしておもむろに、顔を黒い布で覆う。
(そうか、顔を覆うから今までピアスに気づかなかったんだ。)
「空。おまえは高級男娼として諜報活動をするという噂は本当か?」
(…高級…男娼…?)
空はなんの感情も読めない無表情で、ためらいなく頷く。
「それが何か?」
銀河は、空をじっと見つめる。
その三白眼の碧眼は、見下すでも蔑むでもなく、淡々としていた。
「俺は、選んでこの体質に生まれついたのではない。だか、何でも利用するのが忍だ。物心ついたときから、その役目を俺は担っていた。」
事も無げに言ってのけるけれども、その瞳が僅かに揺れたのを私は見逃さなかった。
「その体質は、母親譲りか?」
一瞬だけれど、空の黒水晶の瞳が大きく揺れた。
「銀河。」
私が咎めるように低く言うと、空は私の頭をぽんと優しく押さえ、氷のように冷ややかな鋭い目付きで銀河を見た。
「何を言いたい?」
その声色は殺気を帯びていて、隣にいる私の膝が笑うほどだった。
銀河も顔色を蒼白にして震え上がっているけれど、ぐっと拳を強く握って口を開いた。
作品名:②銀の女王と金の太陽、星の空 作家名:しずか