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①銀の女王と金の太陽、星の空

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その視線をたどってふり返ると、そこには黒装束の空が立っていた。

私から3メートルほど距離をとっている。

(いつの間に!?)

何の気配も物音もしなかったことに驚いていると、空はゆっくりと腕組みをして私を見た。

「用事?」

艶やかな低い声がする。

でも、昨日のように体をつきぬける甘い疼きはわかない。

(少し離れると、術の影響を受けないんだ。)

私は太陽の話と照らし合わせて納得すると、女官たちのほうを改めて見た。

「この人は、空。ちょっと神出鬼没だから慣れるまで驚くことがあるかもしれないけど、よろしくね。」

明るい陽のもとで見ると、黒装束で覆われていても、この世のものとは思えない美しさは際立っており、女官たちは魂を抜かれたように空を見つめていた。

その様子に空は心底めんどくさそうな顔をし、私を見る。

「もういい?」

「待って!」

せっかく会えたのでもう少しいてほしくて、思わず引き留めた。

空は、斜めにふり返る。

「カモミールティー、一緒に飲まない?」

すると空は、その切れ長の瞳をふっと柔らかく細めた。

「香りが強いものは、忍は飲み食いできないんだ。」

言い終わると同時に、その姿は見えなくなった。

女官たちは腰を抜かしたまま、頬を上気させてうっとりとしている。

(普通の女性だったら、あの距離でも術がかかっちゃうわけね。)

「…空、これ放っといたら解けるの?」

どこかその辺りにいると確信して言ってみると、声だけ聞こえてきた。

「その程度なら数分で解ける。…こんなふうにめんどくさくなるから、もうあんまり呼ばないで。」

(空も大変だなぁ。)

自分の意思ではどうにもならないその色香は、時に武器となり、時に煩わしさを引き起こす。

空の苦悩を垣間見た気がした。

「まぁ、今ちょっと変な気持ちになってるかもしれないけど、そのうち戻るから…とりあえずカモミールティーを飲んで落ち着こうか。」

ちょうど太陽が台所から出てきたので、女官たちに声を掛ける。

太陽は目を瞬かせていたけれど、女官たちは太陽に気づかれたくないらしく、頬を真っ赤に染めながら平静を装おうとした。

そしてカモミールティーを囲んで談笑するうちに、女官たちも元に戻り、昨日のことが嘘のようにいつも通りの穏やかな空気に戻った。

(けれど、空はこんな楽しい場にも加わることができないんだよね。)

私はふと、天井を見上げた。

(たぶん、どこからかひとりでこの光景を眺めているんだ。)

それがどれだけ孤独で空虚な気持ちになるのか…想像しただけで胸が痛む。

(せめて太陽と私だけの時には、空も誘うようにしよう。)

香りが強いものがダメなのだったら、空を誘う時は空の好きなものを用意して…

太陽と女官たちの楽しそうな顔を見ながら、私は空に思いを巡らせた。



「じゃ、将軍と兄上のところに、昨日の報告に行ってくるね。」

太陽は私にそう言うと、天井を見上げて声を張った。

「空、お前も一緒に来い!」

すると、どこからともなく気怠げな声がする。

「そんなにでかい声で言わなくても、聞こえてるって。」

「空、大広間まで人に会わずに行けそう?」

私の言葉に一拍間が空いて、空は笑いを含んだ声で答えてくれた。

「ん、大丈夫。」

それでも万全を期したい私は、女官に声を掛ける。

「ここから大広間までの間に、女性がいないようにして。もちろんあなたたちも。それから、夕方まではここへ戻る必要ないわ。」

女官たちは、姿が見えない空との会話に戸惑った表情を浮かべたけれど、みんな頭を下げて部屋を出ていった。

女官たちが下がると同時に、音もなく空が現れた。

「気を遣うね~、女王さま。」

悪戯っぽい口調で、切れ長の黒い瞳を三日月に細める。

(たぶん、笑顔なんだろうな。)

明るい光のもとで見ると、その黒い瞳は黒水晶のように美しい。

まっすぐな黒髪はサラリと風になびき、ノースリーブの黒装束から伸びた筋肉質な腕は白く滑らかな肌をしていた。

肌の感じから、私たちと年が近いのではないかと思う。

「空って、いくつ?」

突然私が訊ねると、空は切れ長の瞳を一瞬まるくした後、声をあげて笑った。

「ははっ!遠慮ないなぁ!」

(こんなふうに笑うんだ。)

私は空の表情が変わったことが嬉しくて、ジッと見つめていた。

そんな私と空を、太陽が渋い顔で見つめているなんて思いもせずに…。

「俺は、23になった。お前たちより、年上だな。」

その低い艶やかな声は、距離があると心地よい穏やかな音で、幸せな気持ちになる。

「23歳で里の頭領なんて、すごいね。」

私は太陽に同意を求めようとしてその複雑な表情を見た瞬間、ようやく太陽の気持ちに思いが至った。

(…ごめん、太陽。)

でも太陽は首を軽くふると、笑顔で答えてくれる。

「20歳で一国の女王の聖華も、十分すごいよ。」

私は少し眉を下げて、うつむく。

「私は、血筋なだけだから。実力で得た地位ではないわ。」

すると、大きな手がふわりと私の頭に乗せられた。

「選択の余地がない人生で、辛いな。」

低い艶やかな声が近くで聞こえ、ハッとする。

顔をあげると、至近距離で空と目が合った。

その瞬間、空は瞳を見開いて驚いた表情を見せ、慌てて私から離れて背を向ける。

空は軽く咳払いをすると、私に背を向けたまま太陽を斜めに見た。

「おまえも、2年前は役目を全うしただけだ。反乱を起こした我らが愚かだったのだから。」

そこでいったん言葉を切ると、

「先に行く。」

小さく付け加えた瞬間、空は姿を消した。

太陽は私の肩をそっと撫でると、柔らかい笑顔で顔を覗き込んできた。

「あいつ…意外にいいヤツだな。」

私は小さく頷くと、太陽を見上げて言った。

「もっと生きやすい環境を、考えてあげないとね。」

太陽はふっと息を吐くと、寂しそうに眉根を寄せて首を傾げた。

「そうだな。…昨夜、僕を諭してくれたのも、励ましてくれたのも、怪我の手当てをしてくれたのも、空だったから…。」

昨夜…太陽を担いで部屋を出ていった後、空は太陽とちゃんと向き合ったんだ。

思いがけない空の温かさを知って、私の胸の奥はきゅっと締め付けられ、熱くなり鼓動が早まった。

「じゃ、僕も行ってくるね。」

私の肩をぽんぽんと叩いて、太陽も部屋を出ていった。

私は自分の胸に手を当てると、胸元をぎゅっと掴んだ。

(この気持ちは、なに?)

苦しいようで幸せ、不安なようで甘い…胸苦しいのか期待でときめいているのかわからない…初めて感じる気持ちに私は戸惑った。

ただ、空のことばかりを考えてしまう。

空が幸せになるように、何かしたくなる。

私の心の中には、もう空しか存在していなかった。