インドのコブラ
日本人のN男と、日本とインドを往来して働くインド人Cが歩いていた。
「ほ~、インドの実家で柴犬を飼ってるんですか! それは親日家でうれしいなあ」
「ハッハッハ。うちに来てからはや五年、それはそれは、もうものすごくカワイイデス」
「名前はなんて言うんですか?」
「コブラっていいマス」
「コ、コブラっ? そりゃまた何で?」
「私が日本に来たら皆さん、『インド人とコブラは大の仲良し』みたいなイメージをお持ちなのに気づいたんデスヨ」
「あ~……確かにありますそういうの。そういうイメージを広めるのに貢献した芸人さんも昔いたんですよ、確か」
「ハイ。だから、それにあやかってみたんデス」
「なるほど~」
と、彼らに突然と声がかかった。
「お~い! N男と、Cさん。偶然だよ~」
見れば、N男にはよく知っている顔である。
「おお、Y介! あ、おまえこれからヒマ? これからCさんの勤めてる料理店に食べに行くんだけどっていうかごめん! ちょっとトイレに行ってくるから待っててくれる?」
「あ、ああ。俺は時間取れるけど、何だよ慌ただしいな」
「イッテラッシャイ」
ふたり取り残される。
少々気まずいのもあって、Y介は、さっき見かけたふたりのやりとりの様子を思い出して話し出す。
「Cさん、N男とは何の話だったんです? 何だかやつが深くうなづいてましたが」
「私が実家で飼ってる、コブラの話デス」
「えええええっていうか あ~、あ~解ります。Cさんって、そういう感じしますもん」
「私も、すごく私らしいと思いマス」
「そのコブラは、何か芸とかできるんですか?」
「うちのはだらしないから、そういうのはだめデスネ。ハハハ」
「そういうのをできるほうがレアなんですかね」
「私が甘やかしすぎマシタカネ。トレーナーに預けたほうがよかったのカモ」
「ほえ~、そんな仕事があるんですか」
「それはありマスヨ。そもそも賢い動物だから、訓練すれば災害救助なんかもできマスヨネ?」
「えええええ~ さ、災害救助?」
「エ? 日本では無いデスカ? 瓦礫に埋もれた人も、見つけてもらって泣きマスヨ」
「そりゃあ泣くでしょう! 俺だって泣きますよ!」
「ア~、それにしても、コブラの話をしてると今すぐに会いたくなりマス」
「Cさんにとって、本当に可愛いみたいですね」
「私が実家に帰ると、ものすごい勢いで寄ってきマス。もちろん、ちぎれそうなぐらいにしっぽを振りながらデスヨ!」
「そーなんですか! 俺『もちろん』とかは解らないんですが」
「それから私の顔を、一生懸命舐めるんデス! もちろん私も抱き締めマス! カワイイ!」
「俺『もちろん』とかは解らないんですが……あの~、噛まれたりはしないんですか?」
「ハハハ、それは大丈夫デス。甘噛みだけデスヨ」
「大丈夫なんですかそれ!」
「ハッハッハ、Y介さんは臆病デスネ。心が通い合っているから大丈夫デス」
「本当にそれで済んでるみたいなのがすごいと思いますよ俺は」
「コブラが小さい頃から、はや五年も飼ってマスカラネ。私も、表情を見ればコブラの気持ちが解りマスヨ」
「た、確かにCさんなら解りそうですね」
「私が家を離れる時の、あの哀しげな表情……」
「な、なるほど~……っていうか何ていうか」
「『ごはん』『散歩』と言った時の、あのうれしそうな表情」
「えええっ、散歩行くんですか?」
「エエエエエッ? 私を動物虐待する人間だと思わないでクダサイヨ! 家族のように思ってますから、もちろん行きマス!」
「あ、ああ……誤解しちゃったみたいですみません」
「ア、でも私は、服は着せてマセンヨ」
「それは俺も思ってないですよ!」
「そこまでの溺愛をやってるのは、私の友人デス」
「服着せる人いるんですか! ホント、ペットに対する愛情や動物愛護精神が強烈な人ってどこにでもいるんだなあ」
「まあ、可愛いからしょうがないデスネ。うちも、あのアホヅラが本当にカワイイから気持ちは解りマス」
「アホヅラなんですか」
「ええ、本当にアホヅラデス。ププッ……アホヅラでおなかを見せて、撫でて撫でて~、ってするんデスヨ」
「もう今度ネットに動画アップして下さいよ! 俺絶対見ますから! ……しっかし、ホントもっのすごいなあインドって……」
と、そこにN男が戻ってきた。
「お待たせ! さあ行こうか」
「N男、インドってホントあれなんだな。日本人の常識を超えてるな」
「何の話だ?」
N男が聞いて、ほどなく誤解を解いた。
「そうだったんだ。どうもおかしいと思ったよ。Cさんもお人が悪い」
「ハッハッハ、スミマセン。お詫びに、今日はいつもより力を入れて作りマスヨ」
「お願いしますよ」
「ところで、交通手段はどうシマスカ? よければ、私がクラウンで送りマスヨ。三人ぐらいなら大丈夫デス」
Y介がちょっと考えて、声を上げた。
「それ自転車か何かだろ!」
【完】