夢の残骸
「そう言うことなの、アメリカの能力主義、個人主義は好きよ、旧い慣習に縛られないのはより自由な生き方だと思う、でも、環境、自然、そう言った物への感謝はまた別のものだと思うの」
「確かにな、個人主義といえば聴こえは良いが、一歩間違えば自分勝手、そういうことだな?」
「だいたい当たり、毛布一枚に感謝できる人ならば……」
「川を汚したりはしないだろうな」
「そう言うこと」
「なるほどな、結果的に言えばヒッピームーブメントは凝り固まった悪習をぶち壊すことはしたが、何も生み出しはしなかったってことか」
「そう、生み出そうとはしていたと思ってるんだけど……」
「そこまではたどり着けなかった……そう言うことだね?」
「もし、東洋思想をもう少しきちんと理解していたら、ウッドストックだってもう少し心地良いものになっていたと思う」
「だけど、だとしたらあれだけのエネルギーを生み出せたかどうかは疑問に思うね」
「そこね……それも真実だと思うわ、でも、マスターはあの時言ってたじゃない」
「忘れちまったよ、口からでまかせだったからな」
「嘘ばっかり……『一回のフェスで世の中を変えられるはずはない、何度も失敗を繰り返してだんだん本物になって行くんだ、その最初の失敗だったと思えば良い』って」
「そんなこと言ったかい?」
「もう……あたしはそれを人生の指針にして生きて来たんですからね、責任持ってよ」
「わかったわかった、言ったかもしれないな」
「あたしはヒッピームーブメントが間違いだったとは思ってない、ウッドストックはヒッピームーブメントの集大成でもあったけど、マスターの言うとおり、最初の失敗だったと思う、だからあの後47年も演劇を続けているの」
「その47年でヒッピームーブメントは進化したかい?」
「ううん、そうじゃないの、社会にヒッピームーブメントの精神が浸透して行ったら良いなと思って」
「なるほどね」
「でも、まだアメリカは戦争を止めようとはしないのよねぇ……」
「だけど人種差別は随分なくなって来たぜ、47年前には黒人の大統領が生れるなんて想像もできなかったからね……じわじわと浸透しているんじゃないかな?」
「少しはあたしも役に立ったのかな……」
「ヨーコの舞台を見た人の心に小麦一粒ほどの変化があったとするとね」
「うん」
「一人一回当たり小麦一粒の変化だとしても、ヨーコはそれを47年、毎日のように続けているんだ、今じゃ何トンになってるかわからないぜ」
「そうね……あたしの人生も無駄じゃなかったわよね」
「ああ、そうさ」
「ご馳走様、マスターとチリドッグに感謝しながら寝るとするわ」
「ああ、俺もヨーコがこの街に留まってくれたことに感謝しながら寝るとするよ、その前にバーボンにも感謝を捧げるけどな」
「うふふ……感謝を捧げすぎないようにね、もう若くはないんだから」
「全ては神の思し召しのままに……いや、自然の成り行き任せかな」
(終)