ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第五章
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火の見櫓に上がらずとも、高台からその炎の列は見渡せた。
松明を手にした数十人のものたちが列を為し、まっすぐ辰澤村目指して坂をのぼってくる。
「ヤツら、この村を焼き払うつもりだ!」
櫓の土台に駆けつけた村人のひとりが叫んだ。
「虎造の一味にちげえねえ!」
「お侍さん、なんとかしてくんろ!」
村人たちが権兵衛の姿をみつけて駆け寄ってくる。
「ご、権兵衛さん、大変だッ!」
その群れのなかに交じって太兵衛の声が響いてきた。
権兵衛が目をやると、息子の太一郎を肩で支えた太兵衛の姿がある。
「太兵衛どの、太一郎どのになにが?」
「あの用心棒どもじゃ。ヤツら、松明の明かりをみたとたん、わしらが止めるのも聞かず、逃げ去っていきよった」
太一郎が腹を押さえて顔をしかめている。逃げ出そうとする用心棒の前に立ち塞がって殴りつけられたらしい。
「あの三人組を連れ戻してきてくださらんか?」
太兵衛が権兵衛に向かって懇願した。三人組は出で湯のある祠の裏山を駆け登っていったという。
だが、連れ戻してどうなるというのだろう。ヤツらはいざとなれば三十六計を決め込むつもりでいたに違いない。最初から戦う気などなかったのだ。
「おじちゃん、あたし近道を知ってる!」
ハナもやってきて権兵衛の袖をつかむ。
「回り道できるよ、ついてきて!」
ハナが勝手に駆け出した。
「おい、ハナ、待て!」
権兵衛がハナの背中を追う。
見張り番が半鐘を乱打する。
炎の列は村のすぐそばまで迫っていた。
最終章につづく
作品名:ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第五章 作家名:松浪文志郎