躑躅
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1階の本間さんが夕の帰りをを待っていた。
「昼ごろ、役所の方が来たよ。また来ると言っていた。土曜日なのにおかしいと思って、名刺を見せてもらったら、間違いなかった。鈴木と書いてあった」
夕は鈴木と聞いて人違いだろうと思いながらも、鈴木守を思い出した。
「何で来たのか言っていました?」
「母子家庭を・・1人親家庭を訪問していると言ってた」
「40歳くらい」
「そうだね」
「背丈は178センチくらいかな」
「そうだよ。イケメン」
「知り合いの方かもしれない」
「恋人」
「そんな訳無いでしょう。掃除婦の私にそんな方が付きあう訳無いでしょう」
「男は美人には弱いものさ」
「お世辞がうまいわ。筆が待っているから失礼します」
夕が帰ると
「ママ、男の人が来た」
筆がすぐに言った。
「ドア開けなかったでしょ」
「パパかと思って開けた。でもチェーンは掛けたままだよ」
夕は筆のパパの言葉に今も騙し続けていることが、あの時の行為は間違っていたのではないかと
思えて来た。広木の甘えを許した自分を悔いた。
鈴木から離れて、学習塾の講師の仕事に就いたが、午後の5時から11時まででは筆を又母に預けなければならなかった。自立しなければと、清掃会社に就職した。ここなら貧しい生活でも周りの人たちともなじめると思ったのだ。
大学卒のプライドから肉体労働を嫌っていたが、教師や講師などでは化粧や衣服にも出費が多い。交際費もある。夕にはそんな贅沢は許されなかった。母を頼れば、いくらでも金を出してくれる。夕はそんな自分を許すことは出来なかった。自分の意思で選んだ道は、自分の力で進みたかった。
清掃会社の履歴書には大学の事は書かなかった。高校の学校名だけでも
「こんな有名な進学校から応募してきたのは初めてだな。募集しているのは事務じゃないよ。病院とか図書館や官庁などのフロアやトイレの掃除だよ。賞罰なし。ここは間違いないよね」
「はい。交通違反もありません」
「訳ありに感じて悪かった。事務の方は募集してないが、これだけしっかりした文字なら採用してもいいよ。パソコンはもちろん出来るね」
「現場がいいです。パソコン出来ませんから」
「パソコンはすぐに出来るようになる」
「現場でお願いします」
「営業はどうだろう。あなたほど美しいと、上手く行くと思うよ」
社長は夕を気に入ってくれた。夕の希望で現場採用となった。
モップ掃除やトイレ掃除はすぐに出来ると思ったが床には汚れが残っていると、手直しされ、トイレには尿石の残りがあると注意された。多人数で使用するから、家庭の掃除方法が通用しない。
「初めはみんなそうだから、体で覚える仕事だから、自分なりに綺麗にすればいいんだよ」
やさしい先輩たちだった。