躑躅
翌日、5時15分の退庁時間を待って、鈴木は質屋に向かった。歩いて10分ほどなので、まだ昼間の感じのする道を歩いた。この時間にこの道を歩いたことのない鈴木は、出会う人が高校生や、小学生、中学生ばかりだと気がついた。ほとんどの大人たちは、車なので歩いているのは免許を持たない学生ばかりだ。
「こんにちは」
突然に挨拶をされた。ランドセルを背負った小学生の女の子であった。鈴木はオウム返しに
「こんにちは」
と言って、爽やかな気持ちになった自分を感じた。
質屋の暖簾を分けて、引き戸を開けた。鈴木は質屋に入るのは初めてであった。鈴木が想像していた質屋は、金に困った人が、時計とか指輪などを持って行き、いくらかの金を借りるところだと認識していた。それは落語から知った知識であった。そして、店主は年配者だろうと思っていた。
「どんな品物でしょう」
鈴木とあまり変わらない年齢の人が応対してくれた。5坪ほどの店内で、他には誰も居ない。
「この指輪ですが」
鈴木が手渡すと
「昨晩見えました方は奥様ですか」
「同棲していました」
鈴木は嘘を言った。彼女が質に入れたとしたら、住所と名前は記録されているはずだと思ったからだ。
「いくら借りられます」
「売るんじゃないんですか」
「売ることも出来るんですか」
「今は、ほとんど、金を借りる人はいませんよ。サラ金がありますから。この指輪、数字が入っていますからね。3万円だと値を点けたんですが、2000円プラスしましょう」
「そんなにも安いんですか?買った時は25万円でしたが」
「数字を消したりする加工もあって、ぎりぎりです」
「そうですか、実は昨日来た女性の住所教えていただけませんか?」
「それはできませんね」
「私は市役所に勤務しています。彼女を助けたいんです」
「でしたら、教えられないことは分かっているはずですよね」
「はい。もちろん。でも、お願いします」
「出来ませんよ」
「そうですか、彼女が来たら、名刺を渡していただけないでしょうか」
「初めての方で、ブレスレッドを売られましたから、免許証のコピーはあります。鈴木さんを信用しましょう」
「ありがとうございます」
店主はコピーを撮ってくれた。
五月夕の顔写真が白黒で写され、昨晩観た時よりも惨めさを感じた。住所を観ると、以前のアパートの住所であった。