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流れる時間

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「高い所に行きたいな」
月末の予定のない平凡でつまらない日曜の昼前、私は遅い朝食をとりながら、小さく呟いた。ほとんど無意識の発言で、自分の放った言葉を認識するのに少し時間がかかった。
 朝食のおかげで覚め始めた頭で独り言を繰り返すと、それが鮮明なイメージを持っていくのがわかった。何も高級なディナーを食べに行きたいわけではない、富士山のような高いところに行きたいのだ。
 目を瞑り、富士山を想像すると、私が頂上に立ち、富士の絶景を眺める映像が現れた。その臨場感や色彩は今日ではどこでも見られるので、ただただ平凡に思え、予定もない日曜に活力を与えてくれるようには思えず、無くなったコーヒーを継ぎ足して、もう一度独り言を繰り返した。
 最近の忙しい日程に慣れたせいか、この何もない日曜はつまらないものだった。ちょうど桜がある風景が終わりを迎え、代わりに葉が風景の主役に移り変わった先週のようだった。
 富士山でない高い所を考えていると、やけに人工物が出てきだした。大学の屋上や観覧車、東京タワーにスカイツリー、そうスカイツリーだ。私はそこに行きたい。
 唐突に出てきたスカイツリーを、目を瞑り想像する。ガラス越しに見下ろせば、空というフィルターを通して東京の風景と人のごたごたが見える。空の中に私は浮かぶことはなく、確かに足をつけている。
 人が小さな点でしか見えなくなるのを想像していると、自然と私の空想の中で人間の存在が薄れていった。それに伴いビルの蛍光灯が消え、電車が風化し、人工物がどんどん消えていく。
 終いには床一面がガラスのように透明になり、周りの存在していた人は重力に負け落下していく。私だけが空中のガラスに足をつけ、彼らの落下を見守る。富士山を想像してもこの優越感は訪れない。特別な日曜がそこにはあった。

 目を開けるとコーヒーは冷めていた。空想の出現を確かめようと外出の準備を始めると外はもう暗くなっていた。
作品名:流れる時間 作家名:晴(ハル)