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富士樹海奇譚 見えざる敵 上乃巻

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四 隠し砦


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一行が今川の隠し砦のすぐ下に着いたのは、日も暮れかかった頃であった。
だが、煮炊きの痕跡は見られず、まるで人気の無い様子だった。
ならば一気呵成に攻め込もうと安田がいうので。
仲間が殺されて正直なところこの仕事が嫌になった笹子衆もそれに賛同した。
入り口という入り口を外から封じ表門から一気に攻め込むとした。
熊一の合図で吟次と安田が正門から、欣三と源吾が第二陣として押し入る。
熊一はゆっくりとした足取りで隠し砦に踏み込んだ。
だが、砦はまるで放棄されたように荒れ果て、至る所に血痕があった。
「なんだこりゃ、まるで荒れ放題じゃないか!」
部屋という部屋を調べても、お世継ぎ様など居ない。
それよりなによりひとっこ一人いない。さては安田め、謀ったか!
熊一は安田を探していると、奥の部屋で書類を探し当てて喜ぶ安田の姿があった。
「安田殿、さては我らを謀ったか、武田の御世継など此処には居りもせんのだろう。
それを知っていながら、我らを差し向けるとは、いったいどういうことだ。事の次第によってはお主を斬る!」
安田は込み上げる笑いを堪えられないでいた。書類の束を指示しながら大声で言った。
「これで今川共の新型爆弾の秘密は我らのもの!これで甲斐の国はこれからも安泰じゃ!これもお主ら笹子衆の御蔭よ!」
熊一は安田の胸ぐらを掴み、引き倒した。
安田がゆっくりと起き上がると、笹子衆の男たちに囲まれているのが分かった。
「落ち着いてくれ、誰も悪気があってお主らを使ったわけではない。そもそも笹子衆を引き合いに出したのは親方様ぞ。笹子衆ならこの役目をこなせると!」
「我々は人命の救出を目的とした忍びでな。そこが他の乱波とは違う処。」熊一は珍しく怒りを露わにした。「しかも仲間を失った。お主のせいで!」
安田は舌打ちすると開き直った。
「まさかな、独眼竜の岡部昌秋が此処を根城にしているとは思わなかったのでな。
奴が居ぬ間に事が終えられれば御の字じゃ。さぁさ、長居は無用じゃ。仲間の不幸は気の毒に思う。いや本当にだ。だがな。お主らと拙者のようなものの仕事には付いて回ることじゃないのか、ぉう」
吟次は安田の耳元で低い声で言った。
「川中島の件は忘れちゃいねえ。お主の稚拙な作戦のおかげで何人もの兵が死んだわ。」
「高々200や300だろう。どん百姓のそのぐらいの数、物の数ではないわ!」
安田の投げはなった言葉に熊一が殴り倒そうとしたが、吟次が制した。
その代わりに吟次が思い切り殴りつけた。
襖を破り次の間に転がった安田は、今度は鳥のような声を上げた。
吟次は腹の虫がおさまらずに次の間に向かったが、眼に入った光景に腰を抜かした。

生皮をきれいに剥され、赤剥けにされた夥しい数の骸が梁から吊り下げられているのだ。
その数20体前後、猟師小屋と同じように。
この隠し砦に詰めていた者たちの恐らくすべてが。
いったい何が起こったというのだ!

しかも真っ先に目に取れたのは、独眼竜の岡部昌秋の骸であったから。
この惨い殺し方をするのは岡部だと疑わなかったこともあり、今川勢のほかにこの森には危険な奴らがいるというのか!

安田は依然聞き及んだある言い伝えを思い出し
だがその余りの荒唐無稽さが現実となって目の前に出された衝撃に、
理解の需要幅を大きく超えており、身動きできず、余りの恐怖に気絶しそうな程、
だが今、気絶でもしようものなら笹子衆は私を殺してこの新型爆弾の絵図を横取りしてしまうだろう。挙句の果てに安田の感情は崩壊し、赤子のように泣き出した。

泣き喚く安田の声が森中に広がった。
欣三は開いた口がふさがらず、源吾は蹲り吐いた。
その様子を察した錦七も不穏な空気に固唾を飲んでいた。
剛の者の吟次でさえ、身震いを隠せずにいた。
熊一は冷静を装いながら吟次の肩を叩いた。
だが吟次は嘗ての幾度目かの川中島の合戦場の跡を思い出していた。

“人も馬も、敵も味方も、誰ひとり生きちゃいねえ。
川は辺り一面血に染まり、河原に転がる夥しい骸、骸、骸。
穢多や河原者共が骸の金品や、骸から皮を剝いでやがる。
残りは巣穴から出てきたネズミ共がガリガリと喰い散らかしよる。
風向き次第で助けられる者たちすら差し置いて。
それをあの安田は城山の塹壕に残った兵を見捨てて火を放ちおって!

なにが民のための闘いか!
なにが天下か!
見よ、この悍ましい地獄のさまを。
誰がための闘いか!?
侍共のえごで我らは望まん闘いに身を投じて。
見よ、この無惨な死にざまを。
犬死とはこのこと。

この世の地獄の有様を親方様はなんと見る!
己が欲望のために民を殺しておいて、骸は放っておきっぱなしか!
骸をけだものに喰われ、骨を雨風に曝したままにするのが侍か!
だからワシは武士の道を捨てたのじゃ!
戦いで命を落とした者たちの無念を。
神も仏もないこの世の地獄からその魂を解き放ち浄化せしめむ為に。
仏には興味もないが、仏門に入ったのだ!
地獄めいたこの世の沙汰も、極楽浄土の夢だけでも見れれば。
人として地に足をつけて二本足で立ちあがって生きていけるように。
我らは人間だ。四つ足の化け物ではない。
二本足で立って、畑を耕し五穀豊穣を祈って、毎日を畑作に勤しむのだ。
それでなにが不足があるというのか。
なぜ天下を統一せねばならんのだ?!民の命を奪ってまで!
二度と合戦で無駄な骸が出ないように。
ワシは祈り続けてきた。
なのに、なのにだ!
なんなんだこの血生臭い骸の山は!
この赤剥けの骸は、いったい!
これが、ひとのすることなのか!
戦は、ひとを獣以下に貶めてしまうものなのか。
常に冷静であれ
仏門にあるもの、常に冷静に、そして常に慈愛をもって・・・“
吟次の中で、なにかが音を立てて崩れ始め、涙腺が崩壊し緩くなった鼻尖から鼻水が流れ出した。そして嗚咽と共に膝ががくりと折れて板の間に倒れこんだ。
そして大声で泣き喚いた。

欣三が物音を察知し、部屋の隅に置かれた長持の蓋を開けるとひと一人が隠れていた。
怯えきっているようで声も出さずに震えている。身なりから砦に出入りする農民と思われるが埃と泥に汚れきっている顔からは生気というものを感じることができなかった。
小柄な欣三がそのものに声を荒げて質す。
「いったいここでなにがあったんだ!?」
小刻みに震えているだけで、埒が明かないため、大柄な吟次が乗り出してくる。
「黙っているなら、力づくで口を割らすまでよ。」
吟次が胸倉を掴むと男の胸板とは違う胸乳の柔らかさを感じ、そのまま地面に突き放す。
「なんじゃこいつぁ、おなごか!」
吟次が声を荒げると、女は手元の砂を握って吟次に目くらましに勢いよく投げつける。
「くそっ、くのいちめが!」吟次が目に入った砂を払う間に、女が森の中に逃げ出す。
逃げられて援軍でも送られれば多勢に無勢、熊一は欣三に女を追うように目配せするが、吟次がそれを制し、大声を張り上げて女の後を追いかけてゆく。
「それならば。うぬが体に聞くまでよ!」
錦七が笑い出したのにつられて、源吾が上ずった笑い声をあげる。