三年後の戦友は
「よう、可愛い子を連れてるじゃないか、妹か?」
もうこれで何度目になるんだ? 『戦友だ』と答えるのが正解だが、いちいち三年前の二月十四日のことから話さないと話が繋がらないのがほとほと面倒くさくなって来た。
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俺が在籍しているのは工業大学、なにしろ工学部と言うのは圧倒的に男子が多い、それも工科系単科大学と来ればほぼ男子校、キャンパスに女子の姿はないに等しい、川砂の中から砂金を探すようなものだ。
そのせいか、ウチの大学の連中は垢抜けず、モテない。
服装からして冴えないのだ、よれよれのジーンズならまだマシなほう、中にはジャージで学校へ来る奴もいる位だから男ばかりの環境を謳歌していると言えなくもないが、垢抜ける要素はほぼ、ない。
そんな大学の学園祭でも、偏差値だけはまずまずの大学だから女子学生や女子高生の姿もちらほらと見られる……と言っても普段の男女比50:1が50:10位になる程度、当然のごとく争奪戦は厳しい。
そんな学園祭だから、俺の意思で『戦友』を連れて来たわけではない、戦友のほうが興味津々で連れて行けとせがまれたからだ。
当たり前だが、『戦友』と言っても共に銃弾の雨をかいくぐった仲というわけじゃない。
二年前のバレンタイン、男子高であるにもかかわらず、家庭科の実習で嫌味にもチョコバーを作らされて処分に困っていると、公園のゴミ箱に精一杯綺麗に包装したチョコを投げ捨てようとしている女の子に出くわしてお互いの努力(ほね)を交換して食べた仲、言ってみれば落ち武者同士意気投合したというだけのことなのだが、それをいちいち説明して回らないといけないのは面倒だ、誰だってそう思うだろう?
しかし、『そうだ、妹だ』で済まさないのにはもう一つの理由もある。
『妹か?』と聞かれる度に戦友がちょっと淋しそうな、物足りなそうな顔をするんだよな。
それに気づいていながら『妹だ』と言い切ってしまうには俺はお人良し過ぎるらしい、こんなんじゃ本物の銃弾の雨はかいくぐれそうにないな。
「おい、可愛い子だな、妹か? 紹介してくれよ」
「違う、戦友だ」
「戦友? なんだそれ?」
「実はだな……」
「ひょう、可愛いな、妹か?」
「違う、戦友だ」
「お前、何言ってるんだ?」
「実はだな……」
「へえ、お前に妹がいるとは知らなかったよ」
「違う、戦友だ」
「何? どういう意味だ?」
「実はだな……」
もう何度目だ? これは言葉の銃弾だな、いい加減疲れてきたぞ……。
「よう、可愛い子を連れてるじゃないか、妹か?」
また来た……こいつは一番の親友とも言って良い奴、ズケズケと物を言うが気はいい、ルックスも含めて『バンカラ』を死語にしないために存在しているような奴だ。
「違う、戦友だ」
「は? 戦友? ワケがわからん、妹じゃないなら彼女か?」
「まあ、大体そんなところだ」
あ~、言っちまった、心にもないことを……だが、本当に心にもないことだったのか?
「ははは、可愛いな、真っ赤になってお前の後ろに隠れちゃった、大事にしてやれよ」
「あ……ああ……」
『バンカラ』は俺の肩を結構な力でどつくとさっさと行ってしまった、奴なりの気の使い方なのかもしれないが……。
戦友の背は俺の肩まで届かない、俺は背中の真ん中辺りに額が押し付けられているのを感じている……。
「ごめんなさい、あたしが学園祭見たいとかせがんだから……」
普段の戦友に似合わない蚊の鳴くような声だ。
「いや、別に構わなかったんだけど……」
「心にもないこと言わされちゃったみたい……」
そう言われて「そうだな」と言い放てるほど俺は非情じゃない。
っ言うか、本当に心にもないことってわけじゃなかった……。
そりゃ13歳と20歳の7歳違いは大きいさ、けど1年前に一度会ったっきりの子供が翌年のバレンタインにもちゃんとあの公園に来るんだろうか? といぶかりながらもチョコを用意して公園に行ったのは、単純に約束を破りたくなかっただけなのか?
その次の年、少しばかりバレンタインが待ち遠しかったのはチョコをくれそうなカノジョが他にいなかったからだけなのか?
俺は胸に手を当てたつもりになって良~く考えて、戦友に向き直った。
「あのさ、正直に言うとな、彼女だと思っているかと言えば、それはちょっと違うかも知れない」
「……そうよね……」
「でも、妹みたいに思っているかといえばそれも違う」
「……そうなの?……」
「初めて公園で会った時は生意気なガキだと思った」
「あの時は思いっきり悪態ついたもんね……」
「でも、ほうっておけない気になったのも確かだし、次の年のバレンタインの約束もしたろ?」
「うん……次の時、本当に来てくれるのかな? と思いながら行った……」
「でも、俺はちゃんと行ったろ?」
「うん……来てくれた」
「俺も本当に来るのか半信半疑だったけど、お前がちょこんとベンチに座ってるのを見て嬉しかったよ……つまり、要約するとだな……」
俺はコホンと一つ小さな咳払いをして後を続けた。
「7つ違いは変わらないけど、10と17の7つ違いよりも、13とハタチの7つ違いは相対的に差が縮まってるよな」
「どういうこと?」
「つまり、最初は1.7倍だったけど、今は1.5倍に縮まってる、来年はもう少し縮まるよな……今はまだ彼女とまでは思えないけど、特別な子だと思ってるし、大事だとも思ってる……で、その、なんだ、今恥ずかしがってた姿は可愛かったぜ……」
「……本当?」
「嘘は言わない、言ったことないだろ?」
「うん……」
「あのな、上手く言えないけど、『彼女予定者』ってことでいいか?」
「うん……」
戦友はそのまましばらく俯いていたが、顔を上げた時は無邪気な笑顔を浮かべ、いつもの戦友に戻っていた。
そう、7つ年上なんて事は意にも介さず、ずけずけと生意気を言う戦友に。
「あ~、真面目に考えてたらお腹空いちゃった、なにか奢ってよ」
「うへっ、そう来たか……でも、そういう顔をしてたほうがお前らしくていいぜ、何が食いたい?」
「え~とね、たこ焼きとクレープとナンとね、それから……」
「おいおい、それはお前の腹にも俺の財布にも厳しいぜ」
「嘘、たこ焼きだけにおまけしといてあげる」
「奢らされるのに『おまけ』か?」
「いいでしょ?」
「ああ、良いよ、行こうか」
「うん!」
多分たこ焼の模擬店でも『妹か?』って聞かれるんだろうな……『彼女予定者』を説明するのも面相くさそうだが、戦友に手を引っ張られて歩くのもまあそんなに悪くないからそれで良しとするか……。
(終)