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『根っこ』(掌編集~今月のイラスト~)

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「もしかして保ちゃん?」
「へ? ずいぶんと美人さんだけど、俺を知ってる?」


 幸乃は初めての一人旅、その行き先での出来事だ。


 幸乃は沖縄生まれ、7歳までは沖縄で育ったが、父の仕事の関係で静岡に引っ越した。
 保ちゃんは隣家……と言っても随分と離れているのだが……の幼馴染なのだ。

 高校までを静岡で過ごした幸乃は東京の大学に進学し、そのまま東京で就職して一人住まいを始め、今年25になるがまだ一人住まいを続けている。
 結婚を意識した交際相手はいた。
 同じ会社の先輩の和彦、6歳年上の彼は、幸乃が新入社員の頃既にバリバリと仕事をこなしていたビジネスマン、上司からの信頼も厚く将来を嘱望されていたエリートだ。
 女子社員の中でも羨望の的だった和彦だが、彼が選んだのは入社間もない幸乃だった。
 当初は少し戸惑いもあった。
 幸乃は腰掛のつもりで就職したのではない、それなりの大学を出て仕事にも夢と意欲を持っていた、和彦はすぐに結婚をほのめかすような事はしなかったが、年齢を考えれば想定外のはずもない……しかし、やはり東京生まれの都会派でエリートビジネスマン、デートの仕方もスマートでそこそこのイケメンでもある和彦とデートを重ねるうちに心惹かれて行った。

 最初の2年ほどは順調だった、和彦が初めて結婚の2文字を口にした時、すぐに返事は出来なかったものの心の中では半分以上同意していた。
 しかし、いざ結婚を意識してみると、価値観の違いが気になり始めた。
 ごく普通のつつましい家庭に育った幸乃からしてみると、和彦の羽振りの良さは少々危なっかしく思える。
 仕事ぶりは精力的だが、仕事に打ち込むあまり約束が反故にされることも度々……家庭的な人物ではない。
 そして何より根っからの都会派、最初のうちはそれも魅力的だったが、幸乃自身が都会に慣れ親しんで来ると、逆に静岡や沖縄の海が恋しく思えて来る、しかし、和彦にとっての海はビーチに据えたサマーベッドに寝転び、パラソルの下で洒落た飲み物を飲む場所でしかないのだ、それに気づいてしまうと、海に限らず、並んで見ているはずでも、和彦と自分は同じ景色を見てはいないのだと思えてしまう。
 
 初めは小さかった違和感が徐々に広がるにつけ、幸乃の気持ちは段々と和彦から離れて行き、それと呼応するように和彦の気持ちも幸乃から離れて行った。
 そして、1年後、じっくり話し合った上での円満な別離……。

 激しい痛みを伴う失恋ではない、しかし、さすがに3年交際した相手を失った喪失感がないわけではない。
 そしてこのGW、幸乃は飛び石の平日に有給を申請して静岡の実家を訪ね、その足で沖縄に飛んだ……そこに、和彦と相容れることがなかった自分の根っこの部分があるような気がして、それを確かめるために。

 沖縄は7歳で離れてから初めて旅行する。
 しかし、どことなくゆったり流れる時間、気候、空気の臭い……どれをとってもしっくりと来る。
 5月なら沖縄はもう海水浴シーズン、こちらのビーチは休む場所であって、訪れている人の主眼は海そのものにある。
 食事のために店に入っても取り澄ました様子はなく、味そのもので勝負している、いや、正確には勝負などと言う事は念頭になく、『気に入るといいけど』と言う態度がかいま見える。
 沖縄での数日間はなんとも心休まるものになった。
 そして最終日、幸乃は両親から聞いておいた住所を訪ねてみた、幼いころに住んでいた家だ。
 それが今もあるのかどうかは両親すら知らなかったが……。

 住所と言っても東京での様にピンポイントではない、大体この辺と言った感じで、住所を示す標識の類もない、幸乃は(大体この辺りのはずなんだけど)と辺りをウロウロしていた。
 そもそもその家がまだそこにあるという確証もないのだ。
 しかし、しばらくすると(これかな?)と思える家に突き当たった。
 その辺りの農家と同じような作り、植わっている木にも特別な特徴はない、しかし、どことなく見覚えのあるような……7歳の頃、18年前の記憶だから当てにはならないが、幸乃の感覚が(ここじゃないかな……)と告げている、(ここだよ!)と自信を持って指し示しているわけではないが……。

 幼い記憶をなんとか手繰り寄せようとしていると、同じ位の年齢の男声が隣の……50メートルも先の『隣』だが……に入って行こうとして立ち止まり、こちらを見ているのに気づいた。
 男声の顔に見覚えがあるような気がする……隣の保ちゃん、近所に同じような年頃の子はいなかったからさんざん一緒に遊んだ相手だ、それから18年は経っていて、彼ももうすっかり青年だが、どことなく面影が残っているような……。
 この家と同様に(そうじゃないかな?)と感じる程度、もしかしたら家に見覚えがあるような気がして、それが影響しているだけかもしれないが……。

 しかし、幸乃は玉垣の前でこちらを見ている青年に近付いて行った。
「もしかして保ちゃん?」
「へ? ずいぶんと美人さんだけど、俺を知ってる?」
「私に見覚えはない?」
「ごめん、わからない」
 幸乃はふと自分が小さい頃の写真を思い出して額に手をかざして見せた。
 小さい頃は前髪短めのおかっぱ頭だったのだ。
 保克は数秒その姿をいぶかしげに眺めていたが、次の瞬間、その顔にぱっと笑みが広がった。
「幸ちゃん?」
「そう! 幸乃だよ、小さい頃一緒に遊んだ」
「わあ、懐かしいな、すっかり垢抜けてたんでわからなかったよ」
「でもこうしたらわかった?」
 幸乃はもう一度額に手をかざして見せた。
「うん、そうすると今でも面影あるよ」
 その言葉を聴いた幸乃は少しジーンとして、目が潤むのを感じ、そして思った。

(私は私、どんなに変わろうとしても根っこはここにあるんだ)……と。

 (終)