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学問の神様

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都内にそびえ立つとある大学の、とある講義室。
 板書をしている教授の背中側で、たくさんの学生がうつぶせて眠っていた。そうしていない学生もいたが、彼らは頬杖を突いて眠っていた。
 そう、この大学こそは、世間から「Fランク大学」というレッテルを貼られからかわれる問題大学……ではない。実は、眠っている彼らも、どうしてもここに来たくて少し前まで猛烈な努力を重ねていた者ばかりである。部活動を辞め、趣味を控え、できるかもしれなかった恋愛やしていた恋愛を諦めた者も少なくない。つまりこの大学は、受験生とその両親が憧れる一流大学、日本の未来の官公庁や先端科学技術を担う人材を輩出する一流名門大学なのである。
 ではいったい、どうしてこのような惨状になってしまっているのか? 学生は皆、受験で燃え尽きてしまったのか? それは、あるかもしれない。多少はあるかもしれないが、第三者視点から公平に言えば、教授のせいと言ってよかった。
 統計学を専門とするこの教授は、ひなどりのような学生――それが白鳥のひなどりであったとしても――に、初回からこのようなことをまくし立てていた。
「え~、t分布は、一般化双曲型分布の特別なケースです。皆さんご存知でしょうが、一般化双曲型分布、Generalized Hyperbolic Distribution は、GIG分布こと一般化逆ガウス分布による正規尺度平均混合として定義される連続確率分布で、1977年に Barndoroff-Nielsen により導入されたものですね。それでこのt分布の累積分布関数は、正則不完全ベータ関数を用いて、このように表されます……」
 そして多数のギリシア文字とインテグラルを交えて不可解な数式の板書を始め、ひとしきり手を動かしては再び不可解なことをまくし立て……という次第で、一コマの講義九十分が終わるまでに、有為な学生諸君の大多数が考えるのを止めて無事眠りについたのである。
 というのに教授のほうはと言えば、これが、大満足なのであった。教授のほうは、この新入生たちができると誇ってきたものはしょせん受験数学などというつまらないまがい物であって、日本の未来に重大な影響力を有するこの一流名門大学において真の数学の深さを味わわせることこそが自分の使命だと確信しており、その遂行の喜びにそれはもう日々ひたり続けていたのである。

「はあ……それにしても統計学の講義は、特に厄介だな……」
 大学から下宿への帰り道、学生がひとりボヤいていた。田舎で秀才と呼ばれ続けてきた彼にも、学業に対して強い自負心があったが、特にその統計学の講義だけは、教授がめちゃくちゃなのか学生が非力なのかよく分からないままで悩んでいた。
 そういう彼が、ふっと、道路わきにある小さな神社の石柱に目を止めた。
(天神社か……)
 天神と言えば、学問の神様、菅原道真公である。
 彼はその小さな神社の鳥居をくぐり、狛犬ではなく牛の像にはさまれた参道を通って、財布から小銭を出して手を合わせた。
(僕の大学の統計学の講義ですが、難しくてみんな眠ってしまいます……どうぞお助け下さい)

 後日、その統計学の講義の時間がやってきた。
 果たして、祖国の未来を担う優秀な若者たちを真剣に応援する菅原道真公の霊力によって、若者たちは誰一人としてうつぶせもせず頬杖も突かず、皆が背筋をぴんと伸ばして顔を板書に向け、眼を開いたまま気絶した。

【完】
作品名:学問の神様 作家名:Dewdrop