眠り姫の悲劇
「あ……」
視界から、黒い影がさっと遠のく。
「……目が覚めましたか?」
若い男性の、丁寧な口調。声のほうをゆっくりと向くと、ぼんやりとひとつの人影が見える。
「あなたは……?」
彼女の問いに対して、強くもやさしい声が返される。
「僕は、君を助けに来た者です」
視界が、すっかりはっきりとした。青い瞳。少しこけた頬。金色の髪。ずっと見ていたいほどの、本当に美しい顔立ちだ。そして……?
慌てて彼女は、けだるい体を起こせるなりに起こして身構えた。そして自分の着衣を確かめたが、とりあえずは無事らしい。
彼女としては、この青年にどうされていてもいいと思うほどに既に心を奪われていたが、それだけにふしだらな女だと思われるわけにはいかず、たじろいだ様子を努めて続けた。
と、青年は心配そうな表情で彼女を見つめた。
「許しも得ずにキスをしてしまったのはお詫びします。あなたが、とても美しかったから……」
彼女と向かい合う、高貴さを感じさせる顔立ち。凛々しい顔立ち。この青年から既にキスされてしまったことを、この青年から褒められたことをうれしく恥ずかしく思いつつ、彼女は多少のしなを作って答えた。
「……神様がご覧です。何かお召しになって下さいませ」
すると彼はにわかに表情を曇らせ、背を向けるともう一顧もせずに立ち去った。
「ついに眠り姫に会って参りましたが、このとおりひとりで戻らざるを得ませんでした」
「……そうか。それは残念だったな」
そう言って、裸の王子様と裸の王様は、ため息とくしゃみをした。
【完】