トカゲ
人間は誰ひとり気にしなかったが、トカゲの子供一匹が道路を横切ろうとし、そこをカラスに襲われてしっぽをついばまれ、それを切ってやっと命拾いしたという、当事者にとっては生きるか死ぬかの大事件が起こっていた。
何とか草むらに逃げ込んだトカゲの子供――または悪ガキ――が、息を切らしている。
「ハア、ハア……ホント危なかった……ハア、ハア……ホントヘマやっちまった! あの黒くて大きなヤローめが、いきなり飛んできやがって!」
そして、生まれて初めて経験している自分の異変に戸惑った。
「それにしても、これはいったいどうなってんだ? 俺の大事な大事なカッコイイしっぽが切れちまったってのに、別に痛くもカユくもないぞ! ……これってもしかして、俺たちの種族の体はこういう風にできてるのか?」
彼が不安と不可解を抱えながら大事件の現場から遠ざかろうと進んでいると、手前の草むらから、彼とそっくりな顔――ただし、彼よりもサイズが大きい――がヌッと突き出て、彼とそっくりに先が割れた舌をチロッとやった。
(おお、アニキ! アニキと呼ばせていただきたい! あの貫禄から想像するに、きっとたくさんの危険を切り抜けてたくさんの獲物を喰らってきた、同胞の大アニキ!)
彼がすがりたいような眼差しを向けていると、その「貫禄」をたたえた顔に続いて手も足も無い胴体がスルスルと出てきて悪ガキの彼がいわく、
「そっ、そんなのもできるんですかっ!」
【完】