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指定席

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 今日は来ているかと期待に胸を膨らませて店のドアを開く。真っ先に一番奥の窓際の席に目をやる。そこは空席だった。がっかりした表情を出さないように、自分が何時も座っている席に座る。カウンターの中からマスターが小声で
「今日は来ないかも知れないね」
 そう教えてくれた。
 僕は静かに頷き注文を取りに来たアルバイトの悦子さんに
「いつものお願いします」
 そう注文をした。
「キリマンね」
 悦子さんが、そう返してくれたので、小さく頷いた
「そんなにがっかりしないの。今日は無理でも明日は来るかも知れないでしょう」
 確かに悦子さんの言う通りなのだが、朝から彼女に逢えるかも知れないと思って一日を過ごして来たのだから少しぐらいガッカリさせて欲しい。
 僕が逢いたがっている子はこの店に来る度に何時も同じ席に座る。一番奥の窓際の席だ。そこが埋まってしまっていると、彼女は店に入らずに帰ってしまう。そんな行動パターンから僕とマスターは彼女の事を「窓際の君」とあだ名を付けた。
 マスターが言うには
「店のコーヒーや味に興味があるのではなく、あの席から見える外の景色に興味があるのだ」そうだ。
 確かに僕もそんな事だと思っている。だから僕は彼女が来ない時に、あの席に座って窓の外を眺めてみたのだが。だが、別段変わったものは見えなかった。
 マスターは
「彼女が来る時間に誰かが表を通るのではないかな」
 そんな事を言ったのだが、彼女の来る時間はまちまちで日にちだって決まっていない。だから、別な理由なのだ。
「お待ちどう様」
 悦子さんが僕の注文したキリマジャロを運んで来てくれた。
「今度彼女が来たら、訊いてあげようか?」
 大学生の悦子さんは週のうち三日ほどこの店でアルバイトをしている。上手いこと悦子さんが店にいる時に来れば良いが、居ない時だったら空振りになる。それにいきなり尋ねたら面白くない。
「そんな事言って本当は彼女と近づきたいのでしょう?」
 悦子さんは店が暇なのに任せて僕の席の所に居て油を売っている。
「そんな訳無いじゃない。名前も歳も知らないのに」
「でも恋に落ちる時は一瞬よ」
 確かにそんな事は耳にした事があるが、僕の身の上には、そんな事は起きてはいなかった。
 その日、キリマンは美味しかったが僕の心は少し風が吹いていた。
 翌日も彼女は来なかった。その次の日も来なかったらしい。らしいと言ったのは、僕は授業が伸びて店に来られなかったからだ。
 次の週の木曜日だった。僕は悦子さんに頼んで、彼女が店に来たらメールをくれる様に頼んだのだが、その悦子さんからメールが来たのだ。
『彼女来たわよ。でも意外』
 そんなメールだった。何が意外なのだろうか、逸る心を抑えて店に向かう。店の少し前まで全速力で走って、店の近くからは歩いて行く。何だかわざとらしいとは自分でも思う。
 店に入って何時もの席を見るが彼女は居なかった。もう帰ってしまったのだろうか?
 おかしいと思い店の中を見回すと、何と彼女はカウンターに座ってマスターや悦子さんと親しげに話をしていたのだ。
 僕は狐に包まれた感じだった。僕の姿を見た彼女は目礼をしてくれた。慌てて僕も挨拶を返す。マスターが手招きするので、僕もカウンターの所に行く。
「窓際の君の謎が判ったよ」
「え?」
 マスターの言葉に僕は驚いてしまった。呆然としている僕に彼女が
「わたしがいつも同じ席に座るので、興味を持って下さったとお聞きして、その理由をちゃんと話さないとならないと思いました」
「いや、すいません。勝手に興味を持ってしまっただけなのですが……」
 僕が言葉に詰まっていると悦子さんが
「彼女綺麗だものね。興味が湧くわよね」
 そんな事を言って僕をからかう。
「すいません。何時も同じ席に座っていた理由がどうしても知りたいのです。良ければ話して下さい」
 僕はそう言って頭を下げた。
「特別な理由なんて無いのですが、あの席から街路樹のハナミズキが綺麗に咲いているのが見えたからなんです」
「ハナミスキ……ですか?」
「はい、ハナミズキはキリストが磔にされた木だと言われています。昔ハナミズキの木はもっと太く、しっかりしていたため、キリストの十字架に使われました。ハナミズキはそれを深く悲しみました。キリストはハナミズキを可哀相に思い、もう二度とハナミズキから十字架が作られることがないように、ハナミズキの木をまがった細い木にしてあげようと約束されたそうです。その恩返しに、ハナミスキはそれからは、イースターの季節に花を咲かせるようになったそうです」
 そんな伝説があったなんて全く知らなかった。
「そんなハナミズキの花言葉を知っていますか?」
「いいえ、全く知りません」
「ハナミズキの花言葉は、『返礼』『永続性』『公平にする』『華やかな恋』そして一番の言葉は『私の想いを受けとめてください』なんです。わたし、あなたがこの店の常連と知り、この店に来るようになりました。そして、大好きなハナミズキがよく見える席に座っていたのです。わたしの想いが通じるように……」
 なんてことだ、返事は決まっているじゃ無いか
「ハナミズキは花も美しいですが、紅葉も見事ですよ。秋には一緒に紅葉を楽しみましょう」
 僕はそう返事をした。恋に落ちる時は一瞬だと実感した。


                       <了>
作品名:指定席 作家名:まんぼう