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黒い人魚

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海は青く、深さによって色を変え、次第に紺、黒へと色が濃くなり、光の届かない黒の場所に何がいるのか、何が潜んでいるのかわかりません。
ただ、この日、そんな海のそれも最も深く誰も行った事の無い漆黒の底から一つの赤い点が、ゆっくりゆっくりと浮かび上がってきたのです。
 それは一輪の紅い花でした。
その紅い花は魚に襲われる事も無く、無事に海面に着き、久しぶりの呼吸と日光浴をし、舟で通りすがった私に話をしてくれました。

 この紅い花は海岸に咲き、人々の目を楽しませていたそうですが、咲いていた木から落ち、波に乗って自分の意思でも無く海原へと行ったのだそうです。
その時に見た星空はたいそう綺麗だったとのことです。また、波に揺られるのも楽しかったそうですが、かつて自分がいた所とは全く違い人はまったくおらず、どこか心細かったそうです。
 そんな折、何か糸状の細長い何かが花の下にありました。それは酷く黒く不吉な物に思えましたが、まだあどけない人魚の髪だったのです。
そして彼女は紅い花を見つけ、首から上を海面から出し、そっと花を手に包み込んで胸元に当てました。
それからじっと見つめたのです。
 人魚の少女の目は真っ黒で、その夜は新月で月明かりは無く、星々もそれほど光っていない夜だったからでしょうか、彼女の体までもが黒かったのです。

 人魚と紅い花はそのままで共に珍しそうに見つめていましたが、人魚が「後生だから少しだけ自分と一緒にいて欲しい」と言いました。
花は断ろうとも思ったそうです。
おそらく海に潜る事になるでしょうから。海の中でしたら、花に必要な日光も呼吸するための空気もありません。
 ですが、花は人魚と一緒にいる事にしました。
ここまで彼を心から見た人はいませんでしたから。

 黒い人魚は紅い花を連れ、深海へと行きます。
次第に陽は射してきましたが、深海は暗黒です。何も見えません。
花は恐怖を感じたそうです。でも、人魚の少女は暖かく抱き締め、安心させました。

 この世で一番深く、暗いのではと花が思うほど深い海に来、そこの海底に腰を据え置き、話し掛けてきました。
「ここには色が無い」と言ったのです。だから、色のある物が欲しかった、と言いました。
花には何も見えなくとも、人魚には何か見えるようでした。

 ここには人魚以外何も来ず、ただ死体やゴミが沈んでくるだけで、寂しく明るさが無いのでした。
ですから黒い人魚達は色彩を欲する、そう少女は言いました。
 しかも、黒い人魚達は日光に耐えられず暗黒の海底にいなければいけません。水面には新月の夜でしか来れないとのことです。
これは海底の死体やゴミを食べる業が原因かもしれない、とも言いました。

 会話の後しばらく黒い人魚の少女は黙っていました。
人魚が紅い花をそれはもう、宝石のように見とれていたからです。
不意に、黒い闇の口が少し開き、もうあなたを帰さないといけないと言います。
と言うのも、大人達が来て花を閉じ込めるかもしれないからだとの事です。
 少女は花を離し浮かび上がらせ、少女の「さよなら」との声がしたそうです。
紅い花は海の中では話す事ができませんでしたが、「さよなら」と心の中で思ったと、花は言いました。

 海から上がってきた花は私に今の話をした後、波の思うままに流されていったのです。
その様は少し楽しげに見えました。
作品名:黒い人魚 作家名:羽田恭