女の開花前線
女の開花前線
新芽のセブンティーン
新芽は匂いたち、春の訪れを告げる。青春には匂いがある。
初体験のことは思い出せない。相手のこともすっかり忘れている。忘れても今の自分になんの影響もない。その理由は、良い思い出ではなかったからだろう。
高校二年、相手は同級生だった。英語がうまくて、カナダへ移住したいと途方もないことを話す。クラスの委員長をして、議論をいつもリードしていたから、その知識の広さに感心していた。
初体験には、多様な意味の「あこがれ」が欠かせない。
茶道部のけいこの後だったが、いつものおしゃべり会になり、同級生が
「性欲やね」
と言った。いきなりだったから、だれも心の準備がなく、シーンとして、言葉を発しなかった。
先輩の女子が
「天使のお通りやわ」
「あんたなあ、考えすぎとちやうか」
同級生を牽制した。
おしゃべりのテーマは、人が生きるために必要な欲望とはなにか、であった。
「性欲がないと人類は滅びるやんけ」
同級生がだめ押ししたので、重い沈黙がさらに続き、空間を支配した。
同志社高校は共学、京都では男子校が進学高に多いので、この高校生は女子の方が、学力が高いといわれている。自由な校風も相まって、実際、女子がリードすることが少なくない。
クラブを終えて同級生と一緒に下校した。出町柳のほんやら堂に寄った。大人の雰囲気がたっぷりある店だし、名物教授や外国人と出会える。同級生は得意の英語で会話を楽しんでいる。女子高校生は同級生のそばにいて、心地よい。
同級生は女子高校生に語り掛ける。
「カナダに移住したいと思うてる、カナダがええな」
「なぜなん」
「差別がないからな」
そして同級生は朝鮮人の一家であることを告白した。ショックだった。日本人だとばかり思っていた。言われないとわからない、言い換えると、わからないように日本人らしい名前を名乗るから。
「そうなんか、そうやったんか」
人権授業の内容を反芻した。前触れなくカミングアップを受けて、秘密を共有したとたん、同級生への好意が一挙に深まった。二人は同志なのだ。
「ねえ、経験、あるけ」
「ない、ない」
京女が京都弁特有の同じ言葉を繰り返し、強調して言い切った。セックスのことだと直感した。
「そうやろうな、ないんやろうな」
「さっぱり、わからん」
ごまかそうとしてはいたが、緊張感が高まった。男子と猥談するのははじめてだった。同級生は少しの間、沈黙したが、この話題を継続して
「裸を見たことはある」
17歳の少女は、ふーん、と声にならない声を出した。
「kな、脱がしたったんや」
「あのくそまじめなこ」
とても同意できないという風に応じた。
裸にされたと言うkは小柄ながら、哲学的な言葉を多用し、どこか神秘性で大人の雰囲気を漂わせていた。男子の親衛隊があって、教祖のような存在感があったから、これはスキャンダルだ。
同級生は、夏休みの自主授業でのカンニングを見つけて、居残りさせたと言う。kの身体検査をしたらしい。
「地学のあの先生の補習やね、熱心すぎて、有難迷惑やわ」
「そうやろ、あいつはしつこいで、kが大嫌いや」
なるほど、興味深い設定である。
もうひとりを廊下で見張りさせて、補習の終わった後の教室で対決した。夏休みの補講だったから、教室は、人気のない不思議な空間となった。
kは、最初、ポケットを広げて見せて、潔白だと主張したが、それではわからんと言うと、スカートを脱ぎ、下着になった。いかにも地味な下着姿であった。
kはまったく抵抗しなかった。濡れ衣を淡々と晴らそうとしていたので、同級生の方がたじろいだ。自分は興奮しているはずなのに、おかしい、kに気おされている。表面ではだから、冷静さを保つことができた。しかし、どうして自分が冷静でいられるのか、よく分析できなかった。性欲が抑え込まれている。あのオナニーの時の、自分に同居している凶暴なもう一人の自分はどこに行ったのか、性欲に振り回されていたのに。
「裸になれよ」
kはまる裸になった。
「わかった、もうええわ」
これ以上はできない。どこか達成感が生まれてきて、同級生はこの緊張感から逃れたかったのだろう。性欲は強烈に燃え上がったはずだが、高校生のそれは、透明で理屈っぽいものであった。
「色は黒かったが、つやつやしていたな、毛深い」
と同級生は、kの裸を得意げに解説した。
17歳の少女は、同級生の語る情景描写をトレースしながら、強烈な興奮に襲われていた。
「やってしまったの」
同級生たちの不良じみた行為に仲間入りしようと、ひどい言葉で尋ねたあと、少女は、自分も不良見たいやな、と心の中でつぶやいた。いじめたらよいのに、心の中でつぶやく自分がいる。すごく攻撃的な、もう一人の別の女が棲んでいるのに気がついた。
「そやな、性欲もなあ、いろいろあって、性交欲まで一挙にいかへんな」
同級生の論理は見事だった。
「わからん、わからん、何のこと、さっぱり」
「あのなあ、k、匂わんかった、匂うはずなんや」
「あの子、いつもすっぴんなんよ、化粧が嫌いやて」
「匂わんのが、わからへん」
「コロンも、使ってへん」
「あのなあ、体臭があるやろ、女の」
「ああ、体臭か、あの子、ベジタリアンや言うてたな」
「ふーん、体臭ってないんかな」
「変な趣味」
「青春の匂い、処女の匂いを嗅げると思うてたんや」
「へえ、青春の匂い、うまいこと言うやんか、けど、処女が匂うって言うのは、やめた方がよいと思うよ、そんな匂いはないわ」
「そやけど、匂いはなかったんや」
「敏感なんやね」
少女は、同級生をほめる言葉で締めくくった。しかし、kの気持ちは理解できなかった。
「kって、人間が受苦的存在だとかむつかしいこと、言ってたわ、ほんまに変なこ」
自分の声が上ずってきたのが分かった。同級生も感づいたのだろう、しかし、言葉にはしなかった。少女の目が潤み、視線が悩ましくなっていた。同級生は17歳の少女の変化をつかんだ。なぜか、同級生の指先を見つめていた。なぜか。
男性との猥談の初体験は、終われば物足りなく思う。しかし、どうしてよいのか、このもやもやを解消するすべは思いつかず、ましてセックスのことにまで考えは及ばなかった。
同級生に誘われて散歩するうち、指をからめあって散歩したが、なぜか、同級生は自分の指の爪を少女の指の付け根にあててきた。すると、電気ショックのような感覚が生まれ、体が熱くなった。
17歳の少女は、体の内部の反応とともに好奇心に頭を占領されて、同級生をセックスの初体験の相手にしようと決めた。熱い視線を絡ませてきたのを確かめると、同級生は少女を、高瀬川沿いの喫茶店でのおしゃべりを終え、散歩しながらすっと入れて、しかも人目につかないホテルに連れ込んだ。
少女は、お風呂は使わず、ベッドで待っていた。終われば、軽くシャワーで洗おうと思ったからだ。
同級生はスキンを準備していた。そして、クリームを用意していたので、驚いた。セックスは即物的で、あっという間に終わった。
たしかに痛みは少なかったが、ある意味、感慨に乏しく、同級生の肉欲解消に付き合いした思いが強い。まったく期待に反したものであった。共有すべき幻想は生まれなかった。
新芽のセブンティーン
新芽は匂いたち、春の訪れを告げる。青春には匂いがある。
初体験のことは思い出せない。相手のこともすっかり忘れている。忘れても今の自分になんの影響もない。その理由は、良い思い出ではなかったからだろう。
高校二年、相手は同級生だった。英語がうまくて、カナダへ移住したいと途方もないことを話す。クラスの委員長をして、議論をいつもリードしていたから、その知識の広さに感心していた。
初体験には、多様な意味の「あこがれ」が欠かせない。
茶道部のけいこの後だったが、いつものおしゃべり会になり、同級生が
「性欲やね」
と言った。いきなりだったから、だれも心の準備がなく、シーンとして、言葉を発しなかった。
先輩の女子が
「天使のお通りやわ」
「あんたなあ、考えすぎとちやうか」
同級生を牽制した。
おしゃべりのテーマは、人が生きるために必要な欲望とはなにか、であった。
「性欲がないと人類は滅びるやんけ」
同級生がだめ押ししたので、重い沈黙がさらに続き、空間を支配した。
同志社高校は共学、京都では男子校が進学高に多いので、この高校生は女子の方が、学力が高いといわれている。自由な校風も相まって、実際、女子がリードすることが少なくない。
クラブを終えて同級生と一緒に下校した。出町柳のほんやら堂に寄った。大人の雰囲気がたっぷりある店だし、名物教授や外国人と出会える。同級生は得意の英語で会話を楽しんでいる。女子高校生は同級生のそばにいて、心地よい。
同級生は女子高校生に語り掛ける。
「カナダに移住したいと思うてる、カナダがええな」
「なぜなん」
「差別がないからな」
そして同級生は朝鮮人の一家であることを告白した。ショックだった。日本人だとばかり思っていた。言われないとわからない、言い換えると、わからないように日本人らしい名前を名乗るから。
「そうなんか、そうやったんか」
人権授業の内容を反芻した。前触れなくカミングアップを受けて、秘密を共有したとたん、同級生への好意が一挙に深まった。二人は同志なのだ。
「ねえ、経験、あるけ」
「ない、ない」
京女が京都弁特有の同じ言葉を繰り返し、強調して言い切った。セックスのことだと直感した。
「そうやろうな、ないんやろうな」
「さっぱり、わからん」
ごまかそうとしてはいたが、緊張感が高まった。男子と猥談するのははじめてだった。同級生は少しの間、沈黙したが、この話題を継続して
「裸を見たことはある」
17歳の少女は、ふーん、と声にならない声を出した。
「kな、脱がしたったんや」
「あのくそまじめなこ」
とても同意できないという風に応じた。
裸にされたと言うkは小柄ながら、哲学的な言葉を多用し、どこか神秘性で大人の雰囲気を漂わせていた。男子の親衛隊があって、教祖のような存在感があったから、これはスキャンダルだ。
同級生は、夏休みの自主授業でのカンニングを見つけて、居残りさせたと言う。kの身体検査をしたらしい。
「地学のあの先生の補習やね、熱心すぎて、有難迷惑やわ」
「そうやろ、あいつはしつこいで、kが大嫌いや」
なるほど、興味深い設定である。
もうひとりを廊下で見張りさせて、補習の終わった後の教室で対決した。夏休みの補講だったから、教室は、人気のない不思議な空間となった。
kは、最初、ポケットを広げて見せて、潔白だと主張したが、それではわからんと言うと、スカートを脱ぎ、下着になった。いかにも地味な下着姿であった。
kはまったく抵抗しなかった。濡れ衣を淡々と晴らそうとしていたので、同級生の方がたじろいだ。自分は興奮しているはずなのに、おかしい、kに気おされている。表面ではだから、冷静さを保つことができた。しかし、どうして自分が冷静でいられるのか、よく分析できなかった。性欲が抑え込まれている。あのオナニーの時の、自分に同居している凶暴なもう一人の自分はどこに行ったのか、性欲に振り回されていたのに。
「裸になれよ」
kはまる裸になった。
「わかった、もうええわ」
これ以上はできない。どこか達成感が生まれてきて、同級生はこの緊張感から逃れたかったのだろう。性欲は強烈に燃え上がったはずだが、高校生のそれは、透明で理屈っぽいものであった。
「色は黒かったが、つやつやしていたな、毛深い」
と同級生は、kの裸を得意げに解説した。
17歳の少女は、同級生の語る情景描写をトレースしながら、強烈な興奮に襲われていた。
「やってしまったの」
同級生たちの不良じみた行為に仲間入りしようと、ひどい言葉で尋ねたあと、少女は、自分も不良見たいやな、と心の中でつぶやいた。いじめたらよいのに、心の中でつぶやく自分がいる。すごく攻撃的な、もう一人の別の女が棲んでいるのに気がついた。
「そやな、性欲もなあ、いろいろあって、性交欲まで一挙にいかへんな」
同級生の論理は見事だった。
「わからん、わからん、何のこと、さっぱり」
「あのなあ、k、匂わんかった、匂うはずなんや」
「あの子、いつもすっぴんなんよ、化粧が嫌いやて」
「匂わんのが、わからへん」
「コロンも、使ってへん」
「あのなあ、体臭があるやろ、女の」
「ああ、体臭か、あの子、ベジタリアンや言うてたな」
「ふーん、体臭ってないんかな」
「変な趣味」
「青春の匂い、処女の匂いを嗅げると思うてたんや」
「へえ、青春の匂い、うまいこと言うやんか、けど、処女が匂うって言うのは、やめた方がよいと思うよ、そんな匂いはないわ」
「そやけど、匂いはなかったんや」
「敏感なんやね」
少女は、同級生をほめる言葉で締めくくった。しかし、kの気持ちは理解できなかった。
「kって、人間が受苦的存在だとかむつかしいこと、言ってたわ、ほんまに変なこ」
自分の声が上ずってきたのが分かった。同級生も感づいたのだろう、しかし、言葉にはしなかった。少女の目が潤み、視線が悩ましくなっていた。同級生は17歳の少女の変化をつかんだ。なぜか、同級生の指先を見つめていた。なぜか。
男性との猥談の初体験は、終われば物足りなく思う。しかし、どうしてよいのか、このもやもやを解消するすべは思いつかず、ましてセックスのことにまで考えは及ばなかった。
同級生に誘われて散歩するうち、指をからめあって散歩したが、なぜか、同級生は自分の指の爪を少女の指の付け根にあててきた。すると、電気ショックのような感覚が生まれ、体が熱くなった。
17歳の少女は、体の内部の反応とともに好奇心に頭を占領されて、同級生をセックスの初体験の相手にしようと決めた。熱い視線を絡ませてきたのを確かめると、同級生は少女を、高瀬川沿いの喫茶店でのおしゃべりを終え、散歩しながらすっと入れて、しかも人目につかないホテルに連れ込んだ。
少女は、お風呂は使わず、ベッドで待っていた。終われば、軽くシャワーで洗おうと思ったからだ。
同級生はスキンを準備していた。そして、クリームを用意していたので、驚いた。セックスは即物的で、あっという間に終わった。
たしかに痛みは少なかったが、ある意味、感慨に乏しく、同級生の肉欲解消に付き合いした思いが強い。まったく期待に反したものであった。共有すべき幻想は生まれなかった。