死にたい (3)
大都会の中で、平凡な人間が1人消えたからと言って、何人の人たちが関心を抱くのだろう。君であれば家族と、大学の関係者くらいだろうか。はっきり死んだとなれば、小中高校の友人、親戚の方も悲しむだろう。たったそれだけのことだろうか。
ぼくは自分の存在も考えた。君と変わらない。生まれたから、生きている。言ってみればそんなものかもしれない。
今の君へのぼくの感情は微妙だ。君が存在していることを期待しているから、君がこの部屋に戻ってきたら、強く抱きしめてあげたいと思っている。それは君への愛と言うより、君が生きていてくれた、ぼくの悦びかもしれない。心配から開放された時の感情はそんなものだろう。
事件性のない捜索願など、警察も真剣に扱ってはくれない。おかげで、ぼくが警察に出頭することはなかった。しかし、ぼくは、誰かに、警察に監視されているような雰囲気を感じるようになっていた。
観えない目線は、ぼくの存在を自分自身で知るのだが、締め切ったカーテンから、いや、厚い壁であっても、透視されている恐怖感がある。
ぼくはふと、君が髪を切ってしまった原因を知ることが出来たかも知れないと思った。
君はぼくの眼差しに、恐怖を感じていたのかもしれないと。君が気に入らない髪の色は、ぼくも気に入らないだろうと考えたのだろう。もし、そうであれば、何と無頓着だったのだろう。黒髪から変わった君の髪を『綺麗だね』と言えば良かった。君の白い肌と、茶髪は似合っていたのだから。君がこの部屋から消えたのは、ぼくには何の影響はなかった。ただ、君が死を選んでしまったのだろうかと思うと、あの時のことを思い出す。
君がマイセンのカップを割ってしまった時、ぼくにとっては、母からプレゼントされた大切なカップだった。でも、君は翌日
「似たカップ100均に有ったよ」
と嬉しそうに買ってきてくれた。もちろんぼくは「ありがとう」
と笑顔で言った。
本当のぼくの気持ではない。でも、マイセンのカップを割った時も、そうだったが、君の『死にたい』という言葉に恐怖を感じ始めていたのだ。 君はぼくの部屋の住人となってから、出て行く1か月前は、その言葉を1度も言わなかった。かえってそのことが、ぼくを神経質にした。
カップの役割は、高価であろうが安かろうが、同じだろう。その気分の差でしかない。気分などは、いい加減な時もあるから、偽物であっても、本物に勘違いすれば満足してしまう。
ぼくは君が何度か『死にたい』と言いながら、何の反応も示さなかったことに、君は無関心なぼくだと思い込んだのだろうか。
ぼくは君の(命)を見つめていたのは事実だ。マイセンのカップのように君を観ていた。でなければ、ぼくは、君を100均のカップ扱いしたかもしれない。