死にたい (2)
君が髪を切った時、ぼくは感じた。君は生きていけると。
ところが、君が消えた日から1カ月経って、ぼくのところに警察官が来た。近くの交番勤務の警察官であった。山縣緑という女性のの写真を見せた。初めて君の本名を知った。
「捜索願が出されています。ここにいましたか?」
「3カ月ほど」
「近所の方の話では、茶色の髪の毛がゴミに出されていたそうですが、山縣さんの髪の毛でしたか」
「そうです。彼女が自分で切ったのです」
「本来は令状が無いとだめなんですが、部屋を見せてくれますか」
ぼくは彼女が死んでしまったのかもしれないと感じた。
「大学にも行っていないんですね」
夏休みは終わっているはずだ。
「そう言うことです」
警察官は畳の隙間から、君の髪の毛を見つけた。
「これですね」
ぼくは掃除の雑さに、疑われている恐怖感などよりも、対人への気持ちの変化を意識した。1人の時は何も感じなかったゴミが、自分のだらしなさをさらけ出してしまったのだ。こんなことは生きて行くことでぼくには何の関係も無いことなのだが・・・
ぼく自身、彼女を殺した訳ではない。潔白だ。ただ、君が居ない部屋は、考えてみれば、ぼくが殺してしまったのかもしれない。君との会話も無くなり、君の髪の香りも嗅げ無くなり、君の作ったインスタントの食事も食べられなくなった。比較文学の話も、ぼくにはつまらなかったが、もう、聞けない。消えるとは、死ぬとは、君の知識も消えてしまったことなんだ。小説を書いてみたい。君はいつも言っていた。それが私の人生だって。君がぼくの部屋を出て行ったのは、生きるためではなかったのか。
そうであれば、ぼくは引き留めるべきだった。あるいは君を抱くべきだったのかもしれない。一つの行動が人生を変えるのは確かなことだ。愛は死を選ぶこともあるかもしれないが、それ以上に、生きる強さを与えてくれる。