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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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死にたい (1)

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君はいきなり『死にたい』と言って、今染めて来たばかりの、髪を裁ちばさみで切り始めた。ぼくは、『死にたい』という言葉の衝撃よりも、茶色に染まった髪を切る、君の行動に驚かされた。死にたいと言う君の言葉は、聞き飽きていたからだ。体重が増えたと言ってはその言葉が出る。大学の講義に間に合わないと、またその言葉である。君にはほんの軽い言葉かもしれないが、最初に聞いた時は、君と付き合い始めたころだから、何とか親に知らせようと、実家の電話を聞き出そうとしたが、教えてはくれず、しかたなく、ぼくのアパートまで連れて来た。
 途中で雨が降って来た。4月の桜の季節。冷たい雨が、5分咲きの桜の花弁を伝って落ちて来た。少しは、雨宿りになるかと、駆け込んだのだ。
見上げた君の顔に滴が落ちて、君の涙と混じりあった。ぼくは初めて君のほほに手を触れた。その涙を指先で拭った。このくらいのことで、君の『死にたい』気持ちを変えられるとは考えてもいなかったが、君の表情は桜の花のように紅潮した。
 ぼくは初心なんだと感じた。雨は止むどころか、強くなってきた。ぼくは花見客が捨てて行った、レジャーシートを拾い、君の頭を覆った。君は右手でそれを掴んだ。黄色と青の縦じま模様である。海水浴にも使ったのかもしれない。耳の方はすり切れていた。とは言え、今のぼくたちには、貴重な存在なのだ。君はぼくの腰のあたりに手を当てた。ぼくの左の手はシートを掴んでいて、右の手は頭に触れないようにとシートを持ち上げていた。もちろん君の肩を抱えたい気持ちもあったが、雨に濡れないことが先決であった。
 アパートの部屋に入ると、衣類を乾かしたかったが、すでに石油ストーブはかたずけてしまった。エアコンは冷房だけだった。あるだけのタオルを出し、君に渡した。
「ドライヤーある」
「気付かなかった」
ぼくはドライヤーをコンセントにつないだ。
君は髪を乾かしだした。
「死にたい」と言った君の言葉はどこかに消えたのかもしれないと、ぼくは感じた。
君はきっと毎日生まれ変わる人なのだろうと、君の髪からひらりと落ちた桜の花弁を観ながら思った.
 君はそれからぼくの部屋の住人となった。
「そんな頭にして困るだろう」
「死んでしまったら困らないから」
そんな事を言いながら、かつらを被りどこかにと出かけた。雨宿りした時の、ロングの黒髪は無い.
君はこの部屋には戻ってこないかもしれないと、ぼくは直感した。死にたいと君はぼくに言葉を残したままなのだろうか?




































作品名:死にたい (1) 作家名:吉葉ひろし