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四月十四日の花束

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 四月十四日が『オレンジデー』だという事はごく最近知った。
 きっかけは二月十四日、そう、バレンタインデーの事だ。
 俺が勤めている建築設計事務所が入っているビルの一階にある中華料理屋でウエイトレスをしている娘からチョコを貰って告白されたんだ。
 ごく庶民的な中華料理屋だから彼女もあまり化粧っ気はなく、服装もTシャツかトレーナーにジーンズ、気取ったところはない娘だが、元気が良くて明るい笑顔で常連客のアイドルなんだ。
 俺も半分は彼女目当てで昼飯も夕飯もほとんどその店で食べる。
 昼はごった返しているから彼女もてんてこ舞いだが、夕食の時はそんなに混んではいない、彼女と一言二言話すようになり、それが段々と長くなり、最近はほとんど会話しながら食事するようになっていた。
 これが喫茶店かなにかのウエイトレスだったら、とっくにデートに誘ってたのかもしれないが、そうはならない理由があったんだ。
 なぜって、その店は家族経営で彼女のご両親が料理して彼女が運ぶ、いつだってご両親の目の前だったと言うわけさ。
 その彼女に告白された時は、思わずカウンターの奥のご両親に視線を送ったが、二人ともにっこりと笑っていた……つまり公認と言うわけだ。
 それからは順調そのもの。
 どのみち食事はほとんどその店でするから毎日のように顔を合わし、休日は休日でデートに誘い、ホワイトデーにはご両親の目の前でプレゼントも渡した。
 で、オレンジデーだ。
 すっかり彼女にぞっこんだったから、なんでも名目があればデートに誘いたいし、プレゼントもしたい、二月十四日、三月十四日と来て、四月十四日には何かないのかな? と調べてみたらオレンジデーだったというわけ、バレンタインで告白し、ホワイトデーでカップルとなった二人が、愛情を確かめ合う日ということなんだが、まあ、何だって良いんだ、口実さえあれば。
 
 だけどオレンジデー・デートって訳には行かなかった、締め切りが近い仕事があって事務所を抜ける訳にも行かなかったんだ、もちろん夕食は彼女の店で食べたが、いつもどおり、八時半には店を閉めて彼女と両親は自宅に戻って行った。
 
 
 そしてその日、二千十六年四月十四日の午後九時二十六分。
 わが町熊本を震度七の大地震が襲った。
 
 
 事務所の入っているビルに大きな被害はなかったが、事務所内でも書架が倒れるやら棚が落ちるやらで大騒ぎになった、しかし、その時俺は別の建物を心配していた。
 
 
 何しろご両親公認だから、俺は何度か彼女の家にもお邪魔している。
 お世辞にも新しい家とは言えない、昭和四十年代半ばに建てられた、築四十五年は経過している家。
 当時の建築基準法では木造家屋の耐震設計に関する基準はないに等しい、加えて高度成長期で建設業界では人手も不足していて、当時は未熟な職人も多かった。
 現在の木造建築は工場で構造材を加工するプレカットが一般的で、複雑な仕口も機械で正確にカットされ現場では組み立てるだけで済む様になっているが、当時は職人が刻んでいた、もちろん熟達していて機械以上の精度を出せる職人も居るが、未熟な職人だとかすがいで誤魔化しているケースもよく見られる。
 そして、耐震設計と言う観点も、当時はあまり重要視されていなかった。
 現在では多様な窓が使われるようになり、水周りなどはガラスルーバーなど縦長の窓を使用して耐震壁を確保する事も多いが、当時はほとんどが引違窓。
 日本の家屋では南側に大きな開口を設けることが多く、耐震壁の量が不足しがちだが、横長の窓を多用していた当時は水周りが並ぶ北側も耐震壁が不足している例が多く見られるんだ。
 加えて九州地方は台風の通り道でもあるから屋根は瓦葺きで重く、左官職人が不足していたから外壁もしばしば縦羽目板で造られた。
 そして、現在では常識になっている構造用合板や金物の使用も当時は一般的ではなく、基礎に鉄筋さえ使わないことも珍しくなかった。
 彼女の家も正にそんな家だったのだ。
 お父さんも俺が設計事務所に勤めている事を知っているから、家の耐震性について尋ねられたことがある、こんなところで社交辞令を言っても始まらない、俺ははっきりと耐震性は最低レベルだと指摘し、お父さんも納得してくれて近々改修工事をしよう、と言う話になっていたのだ。
 
「すみません、どうしても気になることがあるので」
 俺がそう所長に言うと、所長もすぐに察してくれた、何しろ同じビルにある中華料理屋の娘との交際、知られないほうがおかしいくらいだから、俺もオープンに何でも話していたのだ。
「そうだな、すぐに行ってやれ」
「ありがとうございます」
 そして机の下に隠しておいた、オレンジ色のラナンキュラスの花束……今日、帰りがけに彼女の家に寄って渡そうと思い、用意してあった物だ。
 こんな時に花なんて……そうも思ったが、それ所でなければ渡さなければ良いだけのこと、俺はそれを原付の籠に放り込むと、彼女の家に向かって原付を走らせた……。



 彼女の家の前……そこに親子三人は呆然と立っていた。
 見ると家は大きく傾いていて、強めの余震があればすぐにでも倒壊してしまいそうに見える……しかし、何はともあれ三人は無事だった、親子が住み慣れた家は、最後の力を振り絞って踏みとどまり、大事に住んでくれたことに恩返ししてくれたのか……俺はふとそんな事を思った。

「ああ、来てくれたのか」
 お父さんは俺の顔を見るなり言った。
「君の言うとおりだったな、この家は持たなかったよ」
「もう少し早くリフォームできていれば……」
「それは言っても仕方がないことだ……命があっただけでも良かった」
 お父さんは俺がその言葉に深く頷くのを見て、小さく何度も頷いた。
「とりあえず避難所に行く他ないだろうが、大事なものだけでも持ち出せるかな?」
「もし命より大事なものがあるならば……です」
「わかった……」

 避難所になっていたのはすぐ近くの小学校、俺は原付を押して三人に同行した。

「それは?」
 避難所に着くと、彼女は籠に放り込んであった花束を指差した。
「今日はオレンジデーだから……」
「オレンジデー?」
「うん、バレンタインとホワイトデーで実った恋を確かめ合う日……なんだそうだよ、それ所じゃなくなっちゃったけどね」
「でも、すぐに来てくれて嬉しかったし、心強かった……」
「うん、そう言ってもらえると……でも花束どころじゃないね」
「そんなことない、お花を見れば心が和むから……」
「それもそうだね……」
 俺はそう頷いて花束を渡し、避難所の中へ入って行く三人を見守った……。

作品名:四月十四日の花束 作家名:ST