夕焼け
男はカメラをしまい、 しばらく荷物をゴソゴソしたあと、 カードケースから大事そうに出した小さなものを私の手のひらに乗せた。
「 これは…… 」
夕焼けを映して桜貝色に染まった小さな紙を開くと、 ハートの形をした四枚の葉から尻尾のようにくるっと流れる茎が現れた。
「 四つ葉だよ、 クローバー。 一つ一つ、 草むらを這い回って探して見つけたものなんだ」
手元のカードケースの上に乗せられた紙のひとつを広げて見せてくれる。
「 そんなに大変な思いをして見つけたものを、 私なんかがもらっていいのかな」
何となく訪れた海で、 夕焼けを撮りに来たという男に浜辺を歩く姿を撮らせてくれ、 と声をかけられて砂浜を二、三度往復しただけだった。
「 いいんだよ。 今日は君のその髪の透明度のおかげで、 とても良い写真が撮れた。 他の誰でもない君は僕にとっては、 特別なクローバーだ」
「 葉っぱの数は、 4でもいいんだ。 同じように見える三つ葉のクローバー達だって、 全く同じ物はないんだから」
男は紙を大切そうにしまい、 かばんの中に無造作に投げ入れると、 砂を払って立ち上がった。
「 君も。 今はいろいろ悩んでいるようだけど、 僕のように君と出会えた事を幸運に思う人に、 これから沢山出会える」
海を見つめるその視線につられ、 私も次第に色濃く夜が混ざる景色を眺めた。
男はそのまま何も言わなかった。 静かに去っていく気配を背に、 制服に残る砂をはたいて立ち上がる。
「 外人」 と指を指される事には慣れていたはずなのに、 今日は何故かひどく傷ついた。 わざとそのまま乗り過ごした電車の終点で、 独特の匂いを頼りに適当に歩いてこの海にたどり着いた。
もう、大分暗くなってしまった。 家ではもう、 いつものスープが湯気を立てている頃だろう。 少し早足で駅に向かう。
ふと振り返ると、 先程まで薄く色づいていた海は、 空との境目が分からないほど黒く、 遠くの方に赤や白の光る点と白波の美しさを際立たせていた。
―― 4でもいい。
その言葉は、 今しがた海の中に沈んでいった太陽のように、 物心ついた頃から私の中にあった疎外感を、 柔らかく暖かい色で包んでいった。