呼んでいいよ
あの子を見たのは、その日が初めてだった。
わたしたち兄弟は近所の公園で遊ぶのが日課となっていた。公園にはわたしたちが好きな砂場もあるし、すべり台の上から滑るのもスリルがあって、わたしは好きだった。だから毎日兄弟で遊びに来ていたのだった。
わたしたち兄弟は本当は数が多い、本当はもっと多かったそうだが、一番上の子はよその家に貰われて行ったそうだ。なんでも親戚らしい。そこは子供がいなかったので、是非にと請われたらしい。その次の兄は幼い頃に病気で亡くなってしまった。わたしは幼かったので良く覚えていないが、兄二人は一緒に良く遊んだので、覚えているそうだ。
公園では残った一番上の兄、その次の兄、そしてわたしと何時も遊んでいた。そんな日常の事だった。公園の隅に知らない子が一人遊びをしていた。その姿が寂しそうだった。見たことの無い子だった。きっと引っ越して来たばかりなのかも知れなかった。わたしはその子が何故か可哀想になり兄に
「ねえ、あの子呼んでいい?」
そう尋ねると一番上の兄も次の兄も
「ああいいよ。呼んであげなよ。一緒に遊ぼう」
そう言ってくれたので、わたしは、その子の傍まで行き
「ねえ君、一人なら一緒に遊ばない?」
そう声を掛けた。その子はわたしを見て
「僕のこと?」
そう言って驚いていた。
「そう君。このあたりには引っ越して来たの?」
そう尋ねると
「うん。お母さんに連れられて来たんだ。だから初めての土地で全く勝手が判らなくて」
そんな事を言った。わたしは
「良かったら、わたしたちと一緒にこれから遊ばない?」
そう言ってみると、その子は喜んで
「いいの? 嬉しいなぁ~ 僕はケン」
「わたしは、リナ。向こうに居る一番大きいのが一番上の兄のタスケ。その隣に居て座ってるのが二番目の兄のジローよ」
そう言って紹介をするとケンは兄の所まで言って自己紹介をした。そしてわたしたちは仲良しになった。
それからどのぐらい経ったろうか、ある日、一番上のタスケと二番目の兄のジローが
「なあリナ。俺たちはもう大きくなった。一人でも生きて行ける。だからこの家を出て行く事に決めた」
いきなり、そんな事を言ってわたしを驚かせた。
「なんで出て行くの? お母さんが悲しむよ」
「大丈夫だよ。お母さんは判ってくれる。それよりお前はケンの事好きなんだろう」
「え、判ったの?」
わたしは驚いてしまった。そんな素振りを見せた事なぞ無かったからだ。そうしたら二番目の兄が
「判るよ。バレバレだったさ。だからお前はここに残ってお母さんの事を見守ってくれ。そうしてケンと一緒になれ」
兄たちは何もかもお見通しだった。事実、わたしとケンは密かに愛し合っていたのだった。
それから幾日か後の満月の夜に兄たちは家を出て行った。
「最後の最後でお母さんの顔を見ると決意が鈍るからな」
一番上の兄が言った言葉はきっと忘れないと思った。
その次の日、お母さんは随分心配をした。具合が悪くなるほどだった。それでもポツリと
「きっと、元気でやってくれるわよね。リナちゃん」
そうわたしに言ってくれたので、頷いて答えるとお母さんは喜んだ。
それから暫くして、わたしはケンちゃんの子を身ごもった。お母さんにケンちゃんと一緒に見せに行くと、大層驚いて
「あら、あなたはお向かいのケンちゃんじゃない。今日はどうしたのウチのリナと一緒で」
そう言ってお母さんは何か感じたのか、わたしを抱いて、お腹を触ってから
「リナ、あなた赤ちゃん出来たのね。そうか、ケンちゃんの子なのね。良いわ。家族が増えるのは歓迎よ。あなた方兄弟は幼い頃にお母さんと離されてしまったからね。この家で初めての赤ちゃんの誕生になるのね。ケンちゃん、よくやったわね」
お母さんはそう言って喜んでくれた。
それから暫くして、わたしは五匹のかわいい赤ちゃん猫を産んだ。わたしと同じ三毛。ケンちゃんと同じキジトラ。白黒のぶち、グレーで白いソックスを履いた子、そして真っ白な子の五匹だった。
ケンちゃんは、人間みたくおろおろして落ち着かなかった。それが妙におかしかった。
「ほら、表でケンちゃんが待っているわよ、呼んでいいわよ」
お母さんに言われて、わたしはケンちゃんを呼んで招き入れた。
初めまして、あなたがパパよ!
<了>