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顔しか見てない!

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俺とYは、非モテ仲間だ。俺の名誉のために付け加えれば、俺のほうが自他ともに認めるましな男であるはずだが、それはさておきこのYが突然、「出会い系アプリで知り合った女性とオフしてくる」と日時や場所まで具体的に触れて言い出した。「顔はまだ知らない」とのことだが、このYといったいどういう女性がオフしたいなどと考えたのか? 俺にはさまざまな疑問がめぐり、幸か不幸かその日時間があったのもあって、俺はスマホに望遠レンズを付けて、Yの待ち合わせをひそかに見守ることにした。

 突き抜けるような青空が気持ちいい日曜日の昼下がり、海のそばの公園。
 俺は、戸惑った。いったい、何がどうなってるんだ?
 ベンチに座っていたYに若い女性が話しかけ、Yのやつも跳ねるように立ち上がって一緒に歩き始めたから、その女性がオフの相手ということで確定なのだろうが、その女性こそは、何と恐ろしい美人なのだ! 目下人気絶頂の美人アイドルグループ『上り坂兼下り坂46』のセンターの仕事すら要請されそうな、とんでもないレベルじゃあないかこの野郎! と同時に、俺が女性のファッションを語るのもアレだが、いくら何でもあの美人のあのセンスはどうなんだ! 白いブラウスと碧色のスカートは分かりやすく清楚なのに、トマトそっくりのあの帽子をかぶる必要があったのか? 俺が知る由の無いどこかのコミュニティでは、ああいうちぐはくが流行っているのだろうか。あるいは彼女が何かの罰ゲームをさせられているのか、あるいは彼女単身でYをからかっているのか……。
 にしてもYよ、鉄道に詳しいのがウリのおまえが、この青空のように曇り無くうれしそうにしやがって! 顔しか見てなさそうだな。

 Yたちが公園内を歩き、俺が探偵のように尾行する。
 と、ふいに、Yが犬のうんこを踏んだらしく、茶色い足跡を付けた。……というのに、Yのやつ、それに気付いた様子がみじんも無い。
 敏捷なデブであるのがウリのおまえが、こりゃあホント顔しか見てなさそうだなあ……。
 そして、あまつさえ、こういうことすら起こった。
 Yの左前方からやってきた、腰の曲がったおばあさんが、手押し車に載せていた紙袋を落として、中身を散乱させてしまった。……というのにまたしてもYも、女も、それを一顧すらしないじゃないか! 「やさしい僕に、何故女性は興味を持ってくれないのか」とぶつぶつ言うのがウリのおまえが、もはや本当に顔しか見てないんだな!
 Yたちに素通りされたおばあさんに駆け寄って、俺は散乱した物を拾い集めるのを手伝った。そしてそんな誠実な俺を振り返ることも無く、Yたちは人気の無い林へと向かって歩いていく……ちくしょう! そうさ、俺はおばあさんからお礼を言われるほうがうれしいのさ! Yのやつ見損なったわ! 今日かぎりで絶交したいわ! 一緒の女も女だわ! 何だよあれ!

 ……とわめいてはみたが、おばあさんの許を去って帰りかけるも、やはり気になって俺は引き返しもう少しだけYたちを尾行することにした。
 一度見失ったわけだが、改めて見つけるまでそう時間はかからなかった。Yたちはベンチに腰かけて、何かを話して笑っていた。相変わらずYはデレデレして、本当に顔しか見てないようだったが、まあ、無理も無いかという感じはある。何せ、彼女は正真正銘の美人なのだ。俺も、野鳥でも追うふりをしながら望遠レンズで彼女を見てみたが、ちくしょうYのやつ、本当にうらやまし……いいいっ? い、今彼女がペットボトルからお茶を飲んだ時、喉仏が出てなかったか? ……そうだ! ありゃあ、喉仏が出てるぞ!
 Yのやつざまあああああああ! ざまあああああああ、見さらせっ! 女と縁が無くても男に走らないのがウリのおまえが、気づかないばっかりに何と幸せそうな笑顔なのか! いい加減に顔以外も見ろよおまえは! つーか喉なんてほぼ顔じゃねえか!
 ……ふう……まあ、絶交は取り消してやっていいか。可哀想になってきた。これで俺も、覗きみたいな真似を辞めて、安心して帰れるわ。

 ……というわけで途中まで帰りかけたが、よく知る友人の身にせっかく進んでいる珍事を見逃してしまうのがもったい無く、俺は引き返してもう少しだけYたちを見守ることにした。
 さきほどのベンチには既に彼らはおらず、うろうろと走っていると、人気の無い林道を、海のほうへ向かって歩く彼らの後ろ姿を見つけられた……いや、彼らというか、Yは毎度お馴染みのYだが、あの「女」のほうはどうなってしまったのか!
 トマトの汁以上の鮮やかな赤が白いブラウスにぶちまけられ、「女」が腰あたりから引きずってるのは……あれは小腸か何かじゃないのか? ああいうコスプレ? おいYよ、それはホラー映画のコスプレでいいのか? って聞くだけ無駄か! あいつ顔しか見てなさそうだから!
 と、その時だった。
 「女」が左腕をYの背中に回すや、そのままその左腕が伸び、Yの胴体をYの両腕ごとぐるぐると巻いた! ……ホ、ホラー! コスプレじゃなくてリアルホラー!
 俺は震えを感じたが、両腕を振れなくなったYはおもちゃのロボットのごとく体を左右に振って歩き、その顔は依然とデレデレとしているようだった。
 あいつ、本当に顔しか見てないんだろう! 宇宙人を信じても幽霊は信じないのがウリのおまえがデレデレしやがって、ホント顔しか見てないんだ! 気づけよ! もう世界に、おまえ以上に顔しか見てない人間っていないんじゃないか!
 俺は怯えと苛立ちと、「誰からも腕を組まれたことも抱きつかれたことも無いのがウリのYが人生で初めてそうされたのがこんな形だなんて、俺はアフリカの子供たちよりYに募金してやりたい」という憐みを持ってYを見守っていたが、間違いなくYたちは、断崖へと向かって歩いていた。

 そう、林道を抜けるとそこは、火曜サスペンス劇場のラストに登場しそうな断崖だった。
 もはや、猶予は無いように思われた。いい感じの木の枝を拾い小枝をむしって武器を作っていた俺は、意を決し、「女」に向かって突進した。
「おりゃあああああっ!」
 背後からの、震えながら放った一撃は、避けられもせずあっさりと決まった。そして「女」の姿は、最初から存在しなかったかのように消え失せた。
 Yは、相変わらずニヤニヤしながら倒れていた。
「許せこのバカ、しっかりしろ!」
 まだ震えの残る俺が、まだ震えの残る腕で平手打ちを入れた。
「……ここは?」
「崖っぷちだ」
 Yは上半身を起こし、神妙な表情で辺りを見回した。
「この世のものとは思えない美人と、すごくいい雰囲気でデートしてたような気がするんだけど……」
「あれはまぼろしだ! 死にそうな状況から、俺が助け出してやったんだ! 美人だからフラフラついていくなんて、大バカヤローだ! 何かおかしいと思わなかったのか?」
 ショゲたようにYが答えた。
「そうだった……正気を取り戻させてくれて助かった」
「解ってくれればいい」
 Yはゆっくりと立ち上がると、土を払いながら言った。
「そういえば、僕は美人派じゃなくてベビーフェイス派なんだった」

【完】
作品名:顔しか見てない! 作家名:Dewdrop