さくらさくら
さくらさくら
校庭の北側にはソメイヨシノ桜が満開であった。白川舞の母の入学式も満開の桜の日だったと言った。すでに母が観た時から30年が経っているはずだ。
舞は東京の私立高校が希望であった。この桜高校は、県立の女子高校であった。地方では、私立の高校より公立の高校の方が有名大学の進学率が高かった。
舞の家庭は両親が医師であり、病院を経営していた。当然1人ッ子の舞は医大に進学しなければならなかった。桜女子高校の学校案内を見ると、医学部には4~5人が進学していた。
舞は全国模擬でも100番以内の成績であったから、このままの成績であれば、医学部には合格できるはずであった。
舞は東京で恋をしてみたいと憧れていた。田舎の、まして女子高校ではチャンスも少なくなってしまう。東京行きを反対したのは父であった。もちろん舞を手放したくなかったのだろうが、自由にして、勉強する意欲が無くなることを心配した。病院の跡取りを失ってしまう事を恐れたのだ。
入学式が終わり、新入生は教室に向かった。クラスはオリエンテーションのときに発表されていた。どんな生徒と一緒なのか、舞は楽しみであった。オリエンテーションのときは中年の仮担任であったから、正担任のことも気になった。
残念。仮担任よりもオッサンだ。佐藤、英語の教師であった。55歳。おまけに独身だって。
下校時に、隣の席の若林かおりと桜を観る約束をした。母の方の役員選出が終わらないのだ。校名が桜のように、桜が20本ほど植えられている。
「こんな美しい桜が観られてサイコ~」
かおりが言った。
「入学生はみんな感動するんだろうな」
「そうでしょう。難関の女子高校に入学出来て、こんな美しい桜も観られるのだから」
「私は東京に行きたかった。恋がしてみたいな。あなたは、そんな気はない?」
「もち、恋。憧れ。それから、あなたよりかおりって呼んでよ」
「ごめん。私は舞だから」
「舞はお嬢様でしょう」
「どうだっていいじゃない。クラスではみんな同じ」
「だって、制服誂えでしょ」
「そうかな」
「お嬢様と友達になれて嬉しい」
「よろしくね」
舞とかおりが話しながら桜を観て歩いていると、担任の佐藤先生が3階まで続く非常階段に腰をおろし、フルートを奏でていた。その曲はすぐに分かった。古謡のさくらさくらであった。
さくら さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん
舞は演奏が終わると、手を叩いた。
「もう1曲。女子十二楽坊んの茉莉花(ジャスミン)だ」
舞とかおりは立ち止まった。
下校途中の新入生も足を停めた。
舞の母が車を停めた。さすがにベンツは目立つのだろう。生徒も父兄もチラ観した。