ブラック・スワン(掌編集~今月のイラスト~)
「おい、見たか?」
「当たり前だろ? そりゃどうしたって目に付くさ」
「だよな……あんな美人がどうしてこんな催しに?……」
話題の的になっているのは大きな黒い羽毛のショールを纏った女性、体の線がはっきり出て胸が大きく開いたドレスも艶めかしい、颯爽とした、そしてゴージャスなイメージの美女だ。
『こんな催し』と言うのは、とある有名シティホテルが開催した『ブラック・デーの集い』
『ブラック・デー』とは、バレンタイン・デー、ホワイト・デーの逆さま、つまり、その二つの『愛の日』に良い思いが出来なかった男女が憂さを晴らそうと言う日のこと。
二つの『愛の日』は製菓業界の陰謀と言う要素も多分に含んでいるのに対し、こちらははっきりと草の根から発祥した催しだ。
この日に目をつけたホテルは慧眼と言わざるを得ない、なにしろ会場にはチョコやキャンディが欲しかったのに貰えなかった男女しかいないわけで、アプローチが成功する確率は高いというものだ、多少参加費は張るものの申し込みは多く、定員はすぐに埋まった。
そしてアプローチが上手く行っていずれ華燭の典、と言うことになればこのホテルを利用してもらえる可能性も非常に高い、何しろ二人にとって想い出の場所になる事は間違いないのだから。
もっとも、野郎どもにとっては狭き門であることも否めない、当然といえば当然だが、参加者は圧倒的に野郎が多いのだから。
で、黒い羽毛ショールの彼女だ。
このパーティにはブラック・デーにちなんだドレスコードがあり、男女とも黒を基調にした服装でなければならない、野郎が黒いスーツ姿ばかりなのはまあ当たり前として、女性もリクルートスーツか葬式に着て出られる黒のワンピース姿がほとんどだ、まあ、真っ黒の服など着る機会はそうそうないし、ブラック・デーのために新調する気もしないだろうからね。
ところが彼女ときたら胸が大胆に開いた、体の線がはっきり出るドレスに、印象的な黒い羽毛のショール。
目立たないはずがない。
『ブラック・スワン』
誰が言い出したのか知らないが、彼女ぴったりなその呼称はすぐに会場全体に広がった。
当然のごとく、『ブラック・スワン』へのアプローチは引きも切らない、それらのアプローチに対して、彼女は如才なく対応し、上手にあしらって行く。
野郎どもはなんとか彼女を射止めようと躍起になっている。
ところが、会場内に二人、彼女にアプローチをかけようとしない男達がいた。
「怜はモテモテだな」
「まあ、確かに目立つからな」
「ああ、会社でも目立ってるけど、あのドレスならどうしたって目立つよな」
そう、彼らは『ブラック・スワン』こと怜の会社での同僚なのだ。
「この中の誰かが落とすのかね、怜を」
「まあ、怜も手ぶらで帰るつもりなんかないだろうよ」
そう、怜は『恋多き女』として社内でも有名なのだ。
「落とした奴は気の毒にな」
「まったく……」
怜はその見た目の通りに非常に聡明で有能だ、少し強引過ぎる位に押し捲るのが怜のいつもの手、頭も口も良く回るが、なんと言っても押しの強さが怜の特徴、口を『へ』の字に曲げた相手には通用しなくても鼻の下が伸びかけた相手には押しが効く。
そして、押しの強さはプライベートでも遺憾なく発揮される。
それこそが同僚二人が怜に興味を示さない理由、怜と付き合った男は社内にも数多いが、大抵は数ヶ月で疲弊しきってしまう、わがままで独りよがり、その上独占欲も人一倍とあっては付き合いきれないのだ。
現に今年のバレンタインにバラの花束を用意しなかったことに腹を立てて、その時に付き合っていた男に張り手をかまし、バレンタインには付き合っていなかった男なのに、そいつがキャンディとディナーを用意しなかったことに腹を立ててハイヒールで男の脛を思い切り蹴り上げた。
その結果がこのパーティへの参加なのだ。
「いや……今回は怜も収穫なしかもしれないぜ」
「どうして?」
「あのシャンパン、三杯目だからな」
「なるほど! そうか、だとするとそろそろかな……」
「そろそろだな、目が据わって来た……」
怜は酒癖の悪さ、最悪レベルの絡み酒でも有名なのだ。
「今日の犠牲者はどうやらあいつらしいな」
「可哀想に、知らないというのは恐ろしいものだな」
どうやら自分をイケメンと勘違いしているらしいやけにニヤけた男が、一輪挿しから抜き取った花を手に怜に近付いて行く……そして怜の口元がサディスティックに吊り上がり……数秒後、パーティ会場は凍りついた。
「やっちまったな」
「ああ……なんだかすっとしたよ」
一方の男が頬を撫でながら言う。
「俺もだ」
もう一人も笑いながら脛をさすった……。
(終)
作品名:ブラック・スワン(掌編集~今月のイラスト~) 作家名:ST