最後の審判員
「Mr.吉岡はたぶん大丈夫だと思います。我々の分析ではMr.フセインは今の世界に不満が無く、Miss.ベッカードは今回の事が最後の審判と捉えるでしょう。残るMr.吉岡審判によって人類の存続が決まりますが、彼は今までに二度自殺未遂を犯しているものの、他人を巻き込まない配慮が見られました。今回のみ全世界を巻き込もうとは思わないはずです」
そう断言したのはアメリカ大使の後ろに控えていたFBI調査官のホッチキスという男だ。
「総理、私も同意見です」と発言したのは佐竹官房長官。
「吉岡は温厚な男です。これまで常に迫害を受けていますが、復讐を企てたことはありません。しかも、今回地球を救えば、それまでの彼の生活は一変します。おそらく日本だけでなく世界中でビップ扱いになるでしょう」
「しかし佐竹君、吉岡は宇宙船に空中転送されてからは我々と会っていない。つまりは地球上の誰とも交渉していないのだろう?」
「彼は地球に戻った後の歓待ぶりを想像する能力があるはずです」ホッチキスが断言した。
「ならば我々は吉岡審判員の裁きに期待するとしよう。管理者達は6月1日、グリニッジ標準時12:00に発表すると通告してきたようだ」
河上総理は、居並ぶ閣僚や大使達に向かい、重々しく言った。
そして運命の日・・・。
地球の全ての都市が再び闇に閉ざされ、空に巨大なスクリーンが出現した。
そこに映し出されたのはイブン・フセイン、キャサリン・ベッカード、吉岡雅也の顔。
フセインが手を振り何かを指差して微笑んでいるところを見ると、彼らにも地上の人々の様子が見えるようだった。
フセインのにこやかな表情は人々に安心を与え、アメリカ大統領はホワイトハウスの窓で見上げながら側近に、「この事が終わったら、あの大統領以来制限してきたイスラムからの移民をもっと増やしても良い」と呟いた。
一方で、目を閉じ、一心に祈るキャサリンの様子は人々に不安を与えたが、右端の吉岡が微笑んでいた為、2対1で存続は間違いないようだった。
吉岡は幸運な男だ。彼のその後の人生は一変するだろう。すでにこの時、日本だけでなく世界中から数千人の女性が彼に熱い視線を送っていた。彼は世界を救う英雄であり、近日中にはタイムズ誌の表紙を飾る男なのだから。
予想通りアラブの王族、フセインは彼の臣民だけでなく世界の人々に向けて慈愛を込めた表情で「私はこの世界の存続に一票を投じる」と告げた。不思議な事に彼の話すアラビア語は、中国人にもブラジル人にも日本人にも母国語のように内容が理解できた。
そしてまた予想通り、ベッカードは「この世界に今、審判が下される。神と共に有る者は天国への扉が開かれ、不信心者は地獄に落ちる。ソドムはたった今消滅する!」と告げた。
これで1対1。これまた予定通りだった。
残るは吉岡一人。
だが、彼の顔が先程と違って険しい。
吉岡は、まるでヒットラーの演説のように押し黙ったまま1分近く沈黙した。
そして、おもむろに口を開く。
「地球は消滅!」
「な、なんだとー!」
全世界の人々が驚愕した。
「なーんちゃって、ウソウソ。俺はこの世界の存続に1票を・・・」
だが、管理者は最後まで聞いていなかった。
「あい分かった!」
地球全体を揺らすような音声が響いた。
吉岡の冗談は管理者も理解できなかったのだ。
やがて火星の背後にあるアステロイドベルトの中から直径4キロ程の小惑星が地球に向かって移動し始めたという報告が天文台よりもたらされた。
( おしまい )
作品名:最後の審判員 作家名:おやまのポンポコリン